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オーシャンニューズレター

第309号(2013.06.20発行)

第309号(2013.06.20 発行)

海洋観測データの共有・公開

[KEYWORDS]海洋観測データ/人類共有の財産/アルゴ計画
(独)海洋研究開発機構 地球情報研究センター長◆今脇資郎

全球的な海洋観測は一機関や国が単独で成すことは不可能であり、世界中の多くの国々が観測データを共有しなければならない。つまり海洋観測のデータやサンプルは人類共有の財産であると認識する必要がある。
そのモデルケースとして国際アルゴ計画を紹介する。最後に情報・データ公開の問題点を簡単に述べる。

海洋データは人類共有の財産

(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)では、自らが所有する調査船などの設備・施設を利用して取得した海洋観測データや生物・岩石サンプルなどを積極的に公開し、世界中の研究・教育などの利用に供している。その基になっているのが2007年に制定した『データ・サンプルの取り扱いに関する基本方針』(データポリシー)である。そこでは、JAMSTECの施設・設備により研究開発の成果として取得したデータ・サンプルは人類共有の財産であり、広く世界中で活用されることが重要であるとしている。注目すべきは、それまで、取得した海洋観測データは「国民共有の財産」であると謳っていたのに対して、ここでは「人類共有の財産」へと昇華していることである。
これは、おそらく2004年の独立行政法人化を経て、海洋研究における世界のCOEを目指すという意識にまで高まり、このデータポリシーに発展したものと思われる。と同時に、海は世界中に広がっていて、その観測を一機関や国が単独で成すことは不可能であり、世界中の多くの国々が手分けして観測しデータを共有しなければならない、つまり、観測データ・サンプルを「人類共有の財産」として広く公開し皆で活用することが必要であるという認識があったものと思われる。
このデータポリシーでは、(a)データ・サンプルは、JAMSTEC外の研究者が取得した場合も含めて、原則としてJAMSTECに帰属し、(b)その整理・保管・公開・提供はJAMSTECが行う、(c)データ・サンプルを取得した研究者には公開猶予期間(現在は2年間)を与える、(d)データ・サンプルの研究・教育目的での利用は無償とする、などとしている。大事なポイントは、データ・サンプルの帰属を求める代りに、その保管・公開などをJAMSTECが責任を持って行うということである。この任務を担っているのが地球情報研究センターである。
では大学などの他の機関での取扱いはどうか。例えば、東京大学大気海洋研究所は共同利用・共同研究拠点(かつての全国共同利用研究所に相当する役割)として白鳳丸と新青丸(淡青丸の後継船)を運用しているが、それらで取得されたデータは、いわゆる「発明者主義」の原則の下で、乗船研究者の所属する機関に帰属するとされている。帰属先の大学では、各研究者に管理を委ねているのが現状である。幸い海洋関係の主な観測データは、日本海洋データセンター(JODC)が収集し公開しているので、研究者の下で死蔵されるケースは比較的少ない。この1965年に設立されたJODCは、国際海洋データ・情報交換システムの枠組みの中で、まさに、海洋観測データは人類共有の財産であるという認識の下で積極的に活動している。国際的な海洋データ交換のルールについては、本誌第49号に道田氏の論考※1がある。

データ共有の好例:アルゴ計画

海洋観測データを世界で共有することによって大成功を収めた好例はアルゴ計画※2であり、国際協力による観測システムのモデルとして、しばしば取り上げられている。アルゴフロートは、水温と塩分の深さ2,000mまでの鉛直分布を繰り返し測定するように設計された漂流ブイである。アルゴ計画は、このフロートを国際協力の下で、世界の海に3,000個以上を放流し、平均して300キロ四方の海域で10日に1回、鉛直分布を得ることを目指して、2000年に開始されたプロジェクトである。この計画が素晴らしいのは、データをリアルタイムで公開していることである。これは特にオペレーショナル海洋学にとっては決定的に重要である。
図に2013年2月現在のフロートの分布を示す。合計3,500個以上のフロートが世界中に散らばっている。色分けはフロートを放流した国を示す。約30カ国が貢献している。放流数の最多はアメリカで全体の約半分、続いてオーストラリア、フランス、日本となっている。日本は9年前の放流数はアメリカについで第2位※3だった。近年貢献度が減少してきたのは残念である。
この図に示されるように、全世界の海洋についてほぼ均一な密度で時系列データが得られるのは、まさに画期的なことであり、1992年に始まった、人工衛星による海面高度の観測と並んで、今や海洋学を大きく書き替えつつある。アルゴ・データと海面高度データは、海洋の物理現象の解明を飛躍的に進めたほか、特に数日以上先の天気予報や、季節予測、漁業や海運などに利用されるなど、実生活にも大いに役立っている。これらはデータを世界(人類)で共有したおかげである。

これからの問題

以上、海洋観測データの共有・公開に関する大原則を述べたが、実際には考慮すべき様々な観点がある。最近とみに聞こえてくるのは、海底資源に関わるデータは秘匿すべしという声である。確かに陸上での資源に乏しい日本にとって、海底資源の確保は死活問題であり、それを守るのは国益である。しかし話を排他的経済水域(EEZ)に限れば、資源の実際の開発には日本政府の許可が必要であり、たとえデータを公開していても、その段階で「No」と言えば他国の手出しは防げる、と考えるのは楽観的過ぎるであろうか。さらに言うと、発見者の優先権を考えなければ、理論的には、データを公開して開発者を募る方が、全体として国益をより追求することになる。
別の観点で情報・データの公開が問題となるのが、いわゆる風評被害につながるデータや、社会的な影響の大きいデータの公開である。個人的には、そのようなデータも、十分な説明を付けた上で、原則として公開すべきと考えるが、社会への情報発信のあり方として、さらに慎重に検討する必要がある。最近聞いて、明らかに非公開が望ましいと思ったのは、絶滅危惧種の所在情報である。研究者は情報が漏れることを恐れて環境省にも報告しないという。多分読者もこの思いは共有されるであろう。
データに価値があればある程、自分の手元に抱え込んでおきたいと思うのは人情である。筆者が若い頃、高名で厳しい先達に教えられた言葉に、「ノブレス・オブリージュ」(noblesse oblige)がある。「高い身分(地位)には(徳義上の)義務が伴う」などと訳されているが、周りから尊敬を受けるには相応のことを求められるとも解釈できる。本誌の山形編集代表も、第300号の編集後記※4で、「世界に尊敬される国」でありたいとおっしゃっている。尊敬を得ることは様々な局面で重視したい。データを抱え込んでいては尊敬は得られない。(了)

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