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オーシャンニュースレター

第308号(2013.06.05発行)

第308号(2013.06.05 発行)

海洋生物資源を可視化する

[KEYWORDS]水産資源/魚群探知機/広帯域技術
(独)水産総合研究センター 水産工学研究所 エネルギー・生物機能利用技術グループ グループ長◆赤松友成

水産資源の管理において重要になるのは、ある種のあるサイズの漁業資源が海のなかにどれだけいるかを知ることだが、従来の魚群探知機での技術ではこの要求に応えることはできなかった。
しかし、広帯域信号を用いて、対象となる魚の位置が精密にわかる新しい技術の研究が進んでいる。

漁業資源が危ない

私ごとで恐縮だが、幼い頃に父の仕事の都合で伊豆半島の戸田村というところに住んでいた。銀行員だった父は漁師とのつきあいもあったようで、しばしば海の幸をいただいた。タカアシガニやイセエビなどはふつうに食するものと思っていたのだから目出度い子供であった。現在の居住地は銚子市の隣町で、こちらも海産物には事欠かない。マイワシの刺身、アジのなめろう、キンメダイの煮付けなど、酒の肴にもご飯のお供にも最高である。海洋資源というと近年はエネルギーや鉱物が注目されているが、私たちにもっとも身近で昔から利用してきたのが漁業資源だ。食に直結しているばかりでなく、基本的には特段の措置を講じなくても回復する再生可能資源である点も見逃せない。ところが、漁業資源はいま世界的な危機に瀕している。
漁期や漁船の数を制限したり、国際的な取り決めによって漁獲可能量を決めたりといった対策は、もはやあたりまえのことになった。誰でも好きなだけ獲ってよいという幸せな状況は完全に過去のものとなり、獲りたくても資源が少なく燃油は高く採算があわないから漁に出ないこともよくある。人間の漁獲圧は強く、放置すれば資源が枯渇してしまうほどに獲り尽くしてしまう。特に沿岸の場合は、漁獲だけでなく、生息場所が失われたことによる影響も大きい。海草(藻)場や干潟の消失など、仔稚魚の保護育成場の減少も見逃せない。

海の生きものの在庫量を知る

残念ながら漁業資源の在庫量は、コンビニエンスストアのようには把握できない。しかし、売り上げ時点でどの商品が不足しそうかは把握できる。それにあわせてきめこまかく供給量を調節できれば、価格も安定する。ところが漁業者が競って獲れば、豊漁のときには価格が下がり、需要があるときには資源がなく供給できないというジレンマが発生する。狩猟産業たる漁船漁業は、海の恵みの上澄みを自然に感謝しながら利用していくのが本来の姿である。なんとかならないものだろうか。
鍵は、ある特定種のある特定の必要とされるサイズの漁業資源が海のなかにどれだけいるかを知ることだ。ところが現在の技術では、これがたいへんむずかしい。魚群探知機があれば魚がいるところは教えてくれる。しかし、その体長や種類までを見分けるとなると困難だ。これまでの魚群探知機は主として単周波の超音波を用いていたため、魚からの反響の強さだけしか測れなかった。しかもその強さが魚の大きさを反映するかというと、そう単純ではない。魚が水平に泳いでいてくれれば上から音をあてたときの反射率は大きいが、斜めだったり垂直だったりすると音では見えにくい。魚がいつも水平に泳いでいるわけではないことは、意外に知られていない。たとえば太刀魚は、刀のような銀色の肉食魚であるが、立って泳ぐことから名付けられたという説もある。その姿勢のため、魚群探知機での推定資源量は実際よりも極端に少なく見積もられる。

魚の体長と種を測る新型センサー

■図1:従来型魚群探知機とイルカ型ソナーでみたカタクチイワシ魚群。イルカ型ソナーのほうが圧倒的に分解能が高いことがわかる。

■図2:イルカ型対象判別ソナー イルカの能力を真似た次世代の広帯域ソナーが水産総合研究センター調査船たか丸に装備された。産官学のコンソーシアムが協力して5年の歳月をかけて開発された。

これらを一気に解決できそうな技術がいま生まれようとしている。単周波ではなく広帯域周波数の音波を同時に放射し、反射音の音色つまりスペクトル構造を見ることで、魚の形や内部構造の違いを計測しようという試みだ。さらに、スプリットビーム技術※1を用いて魚体の位置と動きを三次元で計測することで、音響ビームに対して魚体が何度傾いているのかも計測できるようになってきた。この情報を利用することで、魚の姿勢角度による反射率の変動をある程度補正し、精密な体長推定を行うことが期待されている。広帯域信号を用いると、対象となる魚の位置が精密にわかる(図1)。これが音色の別にも役立っているのだ。ノルウェーのシムラッド社と日本の株式会社古野電気がしのぎを削っている分野であり、私たち水産総合研究センターも古野電気と組んでこの新しい「イルカ型ソナー」と名付けた観測機器の性能を向上させるため現場調査に励んでいる。
今後、魚種別体長別に多くの広帯域エコーが取得され、そのデータベースを用いた判別能力が向上すれば、資源の分類と量の推定がある程度自動でできるようになるだろう。新しく開発したこのセンサーを船舶に搭載することで、漁業資源の自動調査が可能になると考えられる。時々刻々変化する資源を的確に把握するのは、たやすいことではない。広大な排他的経済水域をくまなく走り回るため十分な数の漁業調査専用船を仕立てるのは財政的にも運用上もむずかしい。一方、客船や商船であればある海域を定期的に何度も運航する。位置情報の公開もすでに自動船舶識別装置(AIS)などで行われている。データはハードディスクに蓄えられ、寄港したときに位置情報とともに無線LANなどで吸い上げれば、海の生物資源地図が日々更新されるだろう。ドライドック※2のときに、バースデーケーキほどの送受信機を船底に装備し、LANケーブルを介してパソコンに接続しておけば、あとは自動で海の生きものを計測してくれる。実際、水産総合研究センターの二隻の調査船「たか丸」と「若鷹丸」には2012年に装備を完了し、研究者が乗らなくても自動的に広帯域音響計測ができるようになった(図2)。
海運大国であり情報技術の発達した日本であればこそ、海洋にある生物資源の先進的な観測と管理をする潜在力がある。分野横断的な海洋モニタリングネットワークを構築し、海洋生物資源を可視化することで、わが国の権益確保およびその持続的利用につなげたい。(了)

※1 スプリットビーム技術=2つあるいはそれ以上の受信器により、音波の強度差と位相差から音源の方位を求める技術。
※2 ドライドック(乾ドック、drydock)=船の建造または、水線下の構造物の清掃・修理のため、陸岸線に人工的に大きい渠をもうけ、渠内の水を排出する施設。又は、その施設に修繕のため、船を入れること。

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