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第306号(2013.05.05発行)

第306号(2013.05.05 発行)

船舶用プロペラに待望されるイノベーティブな未来

[KEYWORDS]イノベーション/プロペラ効率/CFRP
ナカシマプロペラ(株)代表取締役社長◆中島基善

船舶用プロペラの設計はCFD(数値流体力学)の発達にともない精緻になる一方、基本原理の固化と設計手段の流動化により性能差と付加価値が伸び悩みつつある。
この問題を克服する道を探るべく、日本の海事産業全体も視野に入れながら、設計対象を船体流場まで広げる拡張的進化と、プロペラ材料の刷新にかかわる革命的進化の二つの方向性について考察した。

重厚長大企業の情報化革命

■図1:代表的な大型プロペラ(直径10.2m、重量112トン)

■図2:船体を含めた船尾流場におけるプロペラ性能解析

弊社は1926年の創業以来、船舶用プロペラ製造ひと筋で生きてきた。とりわけこの10年あまりはプロペラの大型化に対応すべく、大型プロペラ専用工場の新設や最大重量130トンにも対応可能な設備増強を行なってきた(図1)。一方、大きく変わったこともある。コンピュータ投資とその計算速度である。
コア数はコンピュータの計算速度を表すひとつの指標であるが、計算コア数はこの6年間で、6コアから1,000コアに飛躍的に向上した。こちらの変化は60倍を超えている。大雑把に1,000コアはPC500~1,000台分に相当し、これは10年前の世界最速スパコンの計算速度にほぼ等しい。この計算能力増強のおかげで現在は、日常の設計工程においてもプロペラ回転中に刻々と変化する流れの解析が可能となり、キャビテーション※1発生時の振動や騒音など、数年前には解析不可能だった複雑な現象が、コンピュータ上で扱えるようになった。
図2は、船尾流場全体を対象としたプロペラ性能解析の例である。これらの解析が設計の生産性を高め、客先では船舶運航における燃費や快適性の向上に貢献した。こうして10年を振り返ると、重厚長大なモノづくりも情報化の恩恵を受けてその中身を変えている。思えば前の10年はCAD/CAM化が進展した時代だった。ここ最近の10年は情報化の時代だった。そして、次の10年をどのような恩恵に向けて改革してゆくか、強力なビジョンと迅速な対応が求められている。

キャッチアップが早い情報化社会

迅速な対応が求められるのは、情報化によって得られる価値は賞味期限が短いからである。例えば、職人技の獲得には時間がかかるが、情報の伝達スピードは圧倒的に早い。これは世界レベルで情報格差を縮める力となる。同時に、コンピュータ投資とその効果も接近した。つまり、国の発展や企業の成長に応じて的確なCPU投資が行われれば、それが地球上のどこで動こうと似たような結果になりやすい。このように、この10年は情報化が進展する一方で、その手段や知識が急速にモジュール化し流動化した時代でもあった。その結果、情報化の恩恵が維持できる期間や地域差が縮まり、性能と品質が価格に影響されやすくなったのである。実際にいま受注の現場では、1%のプロペラ効率差より10%の価格差という声も少なくない。これに正面から対抗するには追加1%の効率向上を計らねばならないが、それには多額のコストがかかる。

プロペラに不可欠な材料革命

情報化の負の側面よりもさらに深刻なのは銅である。プロペラ材料として銅が使われるようになったのは1900年ごろからである。当時の世界の銅の年間生産量は50万トン程度だった※2。それがいまでは年1,600万トンにまで増加した。そしていま、可採年数は32年といわれている※3。しかし、東京大学理事・副学長の前田正史教授によれば、銅の問題は埋蔵量ではなく、鉱床の品質にあるという。銅はすでに高濃度の鉱床からの採掘を終え、濃度が低くコストのかかる低品質の鉱床からの採掘に移行しているからである。それによる生産コストの増加は濃度によるとはいえ、2ケタにも上るという※4。これが事実なら、2030年ごろにはプロペラの価格は現在の数十倍にもなる。このような状況のなかで、世界最大級の銅合金鋳物であるプロペラが商品でありつづけられるとは考えにくい。こうした事情は、送電線、自動車、住宅にも共通であり、一部ではすでにアルミへの代替も進みはじめた。プロペラ材料も、次の10年を視野に入れた材料の見直しが迫られている。
プロペラ材料の改革に向けての危機意識をうながす材料の見直しにはおよそ四つの観点がある。銅ではない別な金属、銅の成分の少ない合金、金属ではない異種材料、そしてこれらの複合体である。このうち、弊社では金属以外の材料である炭素繊維に着目し、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)による複合材料化を進めている。現状では軽荷重度のプロペラ翼への応用に限られるが、懸念されたキャビテーションによる損傷もなく良好な成績を収めている。プロペラの材料がCFRPに置き換われば、銅の危機が回避できるだけでなく軽量化による様々な付加価値が生まれるだろう。性能面での革新も期待できる。CFRPは高弾性であるため、流れに応じて的確に翼を変形させれば、キャビテーションの発生そのものを軽減することができる。鳥や魚は羽やヒレを自在に変化させるが、プロペラも生物に一歩近づくことになる。CFRP製のプロペラは、単に材料の代替というだけでなく、船舶推進そのものの構造改革につながるかもしれない。

海事産業のイノベーションに向けて

現在、弊社の国内マーケットシェアは80%前後であり、経営の母体はあくまで国内海事産業にある。その一員として、わが国の海事産業の行く末は大いに気になるところである。かつて英国は世界を牽引する造船王国だった。その英国がいまでは統計上のシェアで0%になり、EU全体の建造量を合計しても世界の4%に満たない。しかし、よく知られているように、その売上金額は世界シェア21%の日本を上回る。売上増加の契機になったのは、2003年に掲げられたLeaderShip2015であろう。このとき欧州委員会はEU海事産業を世界最強の知識ベースと定義し、ポッド推進やエネルギー開発のためのオフショア船など技術革新を進め、客船ではデザインやサービスの向上、また製造ライセンスや知的財産の獲得にも積極的に取り組んだ。こうして、重厚長大なモノづくりをベースに、高付加価値の領域を切り開いた。
いま日本は、資源とエネルギーの開拓にむけて海洋国家本来の姿を取り戻しはじめた。資源開拓に日本の海事産業が貢献できることは多い。新分野の高度な技術要求は海事産業に価値の革新をもたらす契機になる。また、海事産業も暮らしや高齢化と無縁ではない。横這いが続く日本のクルーズ人口だが、世界のクルーズ人口はこの20年で5倍に増加している。そのなかで、なぜ日本にだけ需要がないのだろう。日本には世界が羨むホスピタリティの文化がある。フランス鉄道省が輸入したいというほどの新幹線のお掃除コンテンツを学ばなくてはならないのは、海事産業に生きるわたしたち自身である。(了)

※1 キャビテーション=液体流れの中で圧力差により短時間に泡の発生と消滅が起きる物理現象である。圧力波が発生し、騒音・振動を発生させる。あまりに圧力が高い場合には金属が破損する場合もある。
※2 (独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構報告書「銅ビジネスの歴史」第一章, 2006年8月
http://mric.jogmec.go.jp/public/report/2006-08/chapter1.pdf
※3 東北非鉄振興プラン報告書「我が国における鉱種別 需給/リサイクル/用途等 資料2.1銅(Cu)」東北経済産業局, 2012年4月
http://www.tohoku.meti.go.jp/2008/kankyo/recycle/date/1.pdf
※4 前田正史「経済教室 『銅』不足、経済の制約に」日本経済新聞, 2010年5月19日

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