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オーシャンニューズレター

第306号(2013.05.05発行)

第306号(2013.05.05 発行)

神戸大学海事科学部の教育改革

[KEYWORDS]次世代海事教育/伝統の継承と自己改革/総合性・学際性
国立大学法人神戸大学大学院海事科学研究科長◆小田啓二

商船系教育機関卒業生の資質低下に対する不満の声が聞かれるようになって久しい。
神戸大学海事科学部は、船社の要望に応えるために、また、海洋基本法に基づく施策に対応することを目指して、本年4月から学科改組を行った。改訂したカリキュラムの下で船舶職員としての資質の大幅向上と海事クラスターへの積極的な進出を図りたい。

海洋基本計画の中での大学の役割

「海洋立国を支える海技者養成教育の高度化と総合性を備えたグローバル海洋人材の養成」――3年以上の議論を経て平成25年4月に実現した神戸大学海事科学部の学科改組のキャッチフレーズである。最も大きな動機は、海洋基本計画(H20)の一節、「海洋に関わる事象は相互に密接に関連していることから、海洋立国を支える人材には、多岐にわたる分野につき総合的な視点を有して事象を捉えることのできる幅広い知識や能力を有する者を育成することが重要である。このため、大学等において学際的な教育および研究が推進されるようカリキュラムの充実を図る」にあった。大学院では東京大学海洋アライアンスが先行しているが、学部で対応できるのは総合大学の一員であるわれわれしかない。すべての分野を担うことは難しいが可能な範囲で対応する、あるいは少なくともその姿勢を示す必要があると考えていた。この他われわれを取り巻く環境には、ハイパー中枢港湾の指定(H22)、新成長戦略(H22)、第4期科学技術基本計画(H23)、「船員(海技者)の確保・育成に関する検討会」(H23)、中教審大学分科会の答申(H23)などがあった。
海事科学部の将来は海事社会の将来展望に大きく依存する。そのため、改組検討の第一段階として、10~20年後の想定される海事社会と養成する人材像をイメージしておく必要があると考えた。例えば、(1)海上輸送への高い依存度、(2)環境保護を受けた低炭素海運の進展、(3)船舶職員としての資質の大幅向上、(4)洋上風力発電や大型浮体構造物の利用など海洋開発へのチャレンジ、(5)地震・津波による港湾や船舶の被害を最小化するための技術開発、(6)船舶の新動力源、北極海航路の開通、海洋資源開発など海洋政策を提言できる人材の養成、などである。次段階としてこれらの方向性と現状の教育体系を比較し、最終的にわれわれが成すべき対応を実現するには、「教育組織の再編」および「カリキュラムを含めた教育体制の改善」の両面からのアプローチが不可欠であると結論づけた。

新・海事科学部

以上の検討を踏まえて、組織再編として図のような学科編成とした。
従来、航海分野で行ってきた教育内容の高度化と、ロジスティクス分野における経営学の強化およびその航海分野への反映のために、これらをひとつにまとめ、航海システム・国際物流に関する学科とした。また、機関分野では基礎理工学科目の強化が必要なため、多くの科目が共通するマリンエンジニアリング学科にまとめた。神戸商船大学開学から継承してきた伝統は、一部の内容を強化してこれら2学科が担うことになる。そして、海洋基本計画でも指摘されている海洋環境、エネルギー、災害対策・安全等の領域において、これまで個別に培ってきた教育研究要素をひとつにまとめ、新たな体系を構築する。これが改組のコンセプトである。
航海および機関マネジメントコースでは、卒業所要単位130単位(約20年前は150単位程度)の中に免許必須科目を組み込んでいたが、一部を卒業必修科目から外した。海技士免許取得希望者には負担増となるが、科目内容は大幅に改善されるはずである。
卒業までの教育体系の中で、学生の選択の機会を出来るだけ多く提供するよう工夫した。入学後の学科選択、基礎ゼミ(教員当たり2~3名)、コース選択、3年次後期からの総合ゼミおよび研究室仮配属、4年次の特別研究選択である。進路選択を遅らせがちな最近の若者の風潮へ対応するとともに、自分の選択に責任を持つことを教えるという意図もある。また、少人数教育や早めの研究室配属によって、勉学や進路・就職活動等への支援を強化できると考えている。
入学後1年次はこれまで通り、週4日は六甲台キャンパスで全学共通科目を他学部学生と一緒に学ぶ。様々な価値観を持つ仲間との交流(課外活動含む)は総合大学の最大のメリットであり、総合的な視点を養うという意味でも重要な機会と位置づけている。週1日の深江キャンパスで学ぶ学部共通科目も見直した。小艇実習や水泳など体験型の科目は専門科目に移し、「地勢学」(近年の理系学生の多くは地理を学ばない)や海事史・海事行政・海運経済等の基礎をまとめた「海事社会学」を新設した。英語教育についても改善を図った。学部共通としての英語科目を倍増させ、専任外国人教員の増員、TOEIC受検への経済的支援と特別講習会開講に加え、学科/コース選択・研究室選択・大学院入試等へのTOEICスコアの利用などの動機付けも行った。

次世代の海事教育に向けて

卒業生の資質向上には、優秀な学生の確保と優れた教育システムの2つの要素が不可欠である。前者では、高い意欲と偏差値を持つ学生の入学である。少子化に伴って理系分野間でも争奪戦となるのは必至である。海・船の好きな全国の若者の中から優秀な一握りの学生を集める、という従来の方法には限界がある。われわれはもうひとつの策、つまり、最低限神戸大学レベルの学生を対象として「海事科学」に振り向かせることを進めている。後者には、教育機材・機器などのハード、カリキュラム・教育体系などのソフト、そして教授方法があるが、最も重要なのは教員の資質であることは言うまでもない。
優れた教育は優れた研究者であればこそ可能である。国際港湾都市に位置する総合大学の中のユニークな研究科として、海事・海洋関連の魅力ある研究プロジェクトを複数立ち上げたい。法学・経済学・経営学・工学・理学など学内他研究科との連携や、昨年包括協定を締結した(独)海洋研究開発機構との連携を強力に推進する予定である。他大学との連携では、大阪府立大学・大阪大学との3研究科間に「関西海事教育アライアンス」を組んで連携授業を実施しており、この枠組みを博士後期課程や学部まで拡大すべく検討中である。また、国際医療貢献船団構想※1や震災起因漂流物問題等への取り組みを進めるなど、海事社会への貢献も重点活動のひとつと位置づけている。
海技士免許取得希望者は、在学中に1級までの国家試験(筆記)合格はもちろんのこと、日本経済新聞を普通に読め、TOEICも800点を超えて英会話には困らない、そのような学生を輩出していきたい。一昨年11月の『週刊東洋経済』の記事「本当に強い大学」の中で、本学部は全国理系学部の中で就職率1位と掲載された。ただし就職先をみると、多くの海事関連企業から熱望されているにもかかわらず、大半の学生はウェブを通して名前の通った企業に応募している。近年の就職戦線の風潮であるものの、本学部学生には海事クラスターを構成する企業に就職するよう指導していきたい。筆者の研究室の卒業生が I 種国家試験に合格し昨年度国交省に入省した。港湾も含めて、行政職にも進出していくべきである。何10年か先に、海事行政や海事クラスターの多くの企業の経営に携わる中心メンバーが本学部卒業生、そうした時代がくることを期待している。(了)

※1 浅野茂隆早大教授・東大名誉教授・神戸大客員教授を中心に、衛藤征士郎議員が会長の病院船超党派議員連盟にも働きかけている。

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