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オーシャンニューズレター

第301号(2013.02.20発行)

第301号(2013.02.20 発行)

マングローブ生態系の保全と国際連携教育研究

[KEYWORDS] 物質循環/アジア太平洋/学際的研究
琉球大学理学部 海洋自然科学科教授◆土屋 誠

熱帯・亜熱帯域の特徴的な自然の一つであり、重要な役割を果たしているマングローブ生態系の保全のためには多くの科学的情報を集積しつつ対策を講ずる必要がある。そのためにはアジア太平洋地域の大学や研究機関の連携による教育研究が不可欠である。


マングローブとは熱帯・亜熱帯地域の河口や湾の奥部の潮間帯に生育している植物をまとめて指す用語で、個々の種を意味することも、またマングローブ植物が優占する森林全体を指す場合もある。わが国では琉球列島を中心に分布している。満潮時には幹の下部が冠水すること、またヤエヤマヒルギのタコの足のような根や、ヒルギダマシの呼吸根などの特徴的な構造を有することなどから、マングローブ生態系は特異な景観を呈している。

なぜマングローブ生態系は重要か?

■図1:フィジーの市場で売られているオキナワアナジャコ

マングローブ生態系の保全のためには、その重要性について認識する必要がある。それは以下のように整理できる。
【有機物の貯蔵庫】林床部は河川から流れてくるさまざまな物質が堆積しやすい環境が出来上がっており、多量の有機物や栄養分の貯蔵庫である。またマングローブ植物の落葉も加わって有機物量が豊富な土壌が形成されており、ここから流れ出る物質は沿岸に生息している動植物の生活を支えている。
【環境浄化機能】マングローブ域や前面に広がっている干潟には無数の甲殻類や巻貝類が生息している。これらの生物の摂食活動の結果、干潟表面の有機物量は減少するので、干潟環境は浄化されたり、あるいは良好な状態に維持されたりしている。甲殻類や巻貝類を摂食する鳥類の役割も同様に重要である。
【小魚の採餌場所】潮が満ちてくると沖合から小魚が集まり、マングローブ植物の根元で餌を食べている様子を観察することができる。特にサンゴ礁にすんでいる魚の幼魚時代の一時的な棲み場所として重要である。
【多様な生物の生息場所】マングローブ林は鳥類、昆虫類などの多様な生物の生息場所となっている。干潟で多数の鳥類が生息している様子は私たちが心を和ませられる景観としても特徴的である。鳥類は干潟を無作為に利用しているわけではなく、水際を利用する種、足を少し水中に入れながら採餌する種、群がって活動する種、単独行動をする種、などさまざまで、一見単調な干潟にも多様な環境があり、利用する生物が異なっていることを理解すべきであろう。
【食糧の提供】国によっては重要な食糧源となる生物種を採集する場所になっている。東南アジアなどの国々ではノコギリガザミ(マッドクラブまたはマングローブクラブとも呼ばれる)が重要で、養殖が試みられている国もある。パラオではオカガニ類、フィジーではオキナワアナジャコ(図1)も市場に並んでいる。
【環境教育の場】マングローブ生態系は環境教育の場としても利用価値が高い。歩道が設置され、自然観察の場が用意されているマングローブ林もある。沖縄では地元の生徒が勉強に訪れるほか、県外の高等学校や中学校は修学旅行の際にマングローブ生態系の勉強をする機会を持つことも多い。
【レクリエーションの場】マングローブ植物が周辺に発達している河川はエコツアーの場としても利用価値が高い。マングローブ林の前面に広がっている干潟は潮干狩りを楽しむ場所として私たちの生活と深い関わりを持っている。
【研究の場】マングローブ生態系は陸と海のつながりの研究に最適の場である。マングローブ生態系は、近隣のサンゴ礁や海草帯と生物の移動や物質の循環などに関してつながりを持っていることから、これらのつながりに関する研究が近年盛んに行われている。

地球環境の変化とマングローブ生態系

■図2:マングローブ林内に作られた塚

マングローブ植物の幹の下部、およびそれを支えている支柱根、あるいは干潟に突出している呼吸根は潮が満ちてくると水面下になり、潮が引くと空気中に露出する潮間帯に位置する。地球の温暖化にともなって海水面が上昇すると潮間帯の位置が変化(上昇)する。この変化は潮間帯に生息している生物に影響を及ぼすであろう。
海面上昇に伴い潮間帯が上方、あるいは陸地の方向に移動するとマングローブ植物も好的環境を求めて同じ方向へ移動する必要が出てくる。海水面が上昇するスピードとマングローブが移動するスピード(つまり実生がより陸地側に芽生え、新しい個体を生育させるか、あるいは陸上側の個体がより陸地側に根を伸ばし、新しい幹を延ばすなどして個体としてあるいは個体群として分布範囲を移動させるスピード)のバランスが気になるところである。
一方でマングローブが生育している地域はわずかずつではあるが陸地化していると言われている。原因は上流から流れてきた土砂の堆積や、オキナワアナジャコの営巣活動である。オキナワアナジャコは地中で生活している長さ30cmにまで成長する甲殻類で、穴の修復や拡大のための工事の結果、常に泥を頂上にある穴から外に出して、時には高さ1メートル以上にもなる大型の塚を形成する(図2)。その塚の上には既に陸上植物が生育していることが多い。この場合、マングローブ植物は海の方向へ移動する必要がある。
陸地化するスピードと、海面が上昇するスピードのバランスの違いでマングローブ生態系の将来が変わることになるが、この予測は簡単ではない。

国際連携教育研究のすすめ

マングローブ生態系を有するアジア太平洋地域の国々は、継続的な人口の増加や脆弱な環境など多くの問題を抱えている。人間と自然の持続的な共存を図るために、多角的な学問研究の発展、国際的な連携教育の推進により、科学的な裏付けを有した対策の構築が必要である。しかしながら教育面や研究面の連携は十分な進展を見せていない現状にあるので、当該地域の大学や研究機関が連携して若者の育成にあたることは大きな課題であると考えられる。生物学のみならず、水産学、観光学、情報科学などの分野がマングローブ生態系に関わりを持つので、今後、アジア太平洋地域の諸大学と連携し、複数の分野を学ぶ学際的・統合的なカリキュラムを導入して広範囲な知識を教授することにより、教育効果を高めていきたい。(了)

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