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オーシャンニュースレター

第291号(2012.09.20発行)

第291号(2012.09.20 発行)

潜水艇「はくよう」の航跡

[KEYWORDS] 有人潜水艇/水中作業/海底資源探査
新日本海事(株)船舶運航部 潜水艇「はくよう」艇長◆菊永睦郎

有人潜水艇「はくよう」は、建造からおよそ40年以上の歴史をもち、7,900回を超える世界でも類を見ない潜航回数を誇る。潜行の目的は、海底ケーブル・パイプライン調査、海底生物ビデオ撮影、生物や熱水噴出口調査、沈船や海没航空機の捜索回収、海没遺失物の捜索など多岐に及ぶ。
今や無人潜水艇が深海探査のシェアを占めるが、今後も「肉眼で見ることができる」有人潜水艇の果たすべき役割は大きいと考える。

潜水艇「はくよう」の船出

建造以来、およそ40年以上の歴史をもつ有人潜水艇「はくよう」(新日本海事株式会社所有)。その姿は未だ現役であり、潜航回数は7,900回を超えている。これほどまでの潜航回数を誇る有人潜水艇は世界にも類を見ない。そこには建造者の技術も然ることながら、妥協を許さない徹底した運航管理と技術の継承がなされてきたからだといえよう。時代が移り変わりいくなかで、この潜水艇が感じてきたものは何だったのだろうか。過去に振り返りながら考えたい。
これまで民間サルベージ会社として、顧客からの要望に応えながら、様々な用途で潜航を繰り返してきたが、その内容は海底ケーブル調査、海底パイプライン調査、海底生物ビデオ撮影、映画撮影協力、生物や熱水噴出口調査、沈船や海没航空機の捜索回収、浅深度、深深度における金属腐食疲労実験、海没遺失物の捜索等様々な作業を行ってきた。潜水艇「はくよう」は、使用潜航深度が最大で300mと浅深度ではあるが、小型軽量であるが故に機動力は抜群であり、通常装備のダイバーで行えない水深のあらゆる水中作業に導入することができた。
運航当初の業務は、日本各水域における人工魚礁(浮魚礁、沈設型魚礁、沈船魚礁等)調査が主であった。発注先は主に水産庁、沿岸のある多くの都道府県水産試験所、魚礁製造メーカーの各種人工魚礁調査である。魚類の生息密集度など、それまで未知のデータであったものを漁業者の前に提示した。これにより、漁獲量の手助けになったか否かは定かではないが、適切な漁法のお役に立てたのではないかと感じている。魚礁の魚類定着具合は、その形状や設置場所によって大きく差がでている。はっきりいってまったく魚が生息していない魚礁も存在する。定着するにはそれなりの条件(海流や付着海藻類の有無など)とそれに至るまでの歳月が必要なのだろう。魚礁の中で、最も魚種や定着数が多かったのは沈船魚礁であった。廃船になった遠洋マグロ漁船を沈設したものである。とにかく生息数は多く、マスト付近には回遊魚が群れをなし、船橋構造物からはハタ類が顔を覗かせていた。魚を獲る役目を果たし、今は魚のオアシスとして静かに活躍している。
その他、沈船調査やTV撮影など、多種多様の潜航作業を行ってきたので、その作業の一端を紹介したい。

サルベージと調査

■潜水艇「はくよう」自動航行式有人潜水艇

■全長6.4m/幅1.6m/深さ2.7m/排水量6.6t/耐圧室外径1.4m/定員通常2名,最大3名/速力巡航速度1kt/最大速度3.5kt/潜水可能深度300m

沈船調査は、沈没に至るまでの原因解明に極めて重要だ。沈座状態、船体損傷部位、その他気掛りな点からあらゆることを推測することができる。また、該船と共に沈んだ遺失物の回収に当たることも調査の一環となる。しかしそれらの作業も容易にはいかないもので、これを拒むかのようにあらゆる障害が待ち受けているのが常だ。ロープや網などの浮遊物、沈船周辺の海底状況など「潜ってみないとわからないもの」が数多く存在している。次に紹介する沈船調査でも例外ではなかった。
2001年12月、北朝鮮の工作船と思われる船体が東シナ海に沈んだ。翌年、国の威信をかけた有人潜水調査に「はくよう」が導入された。現場では緊迫した空気の中、「はくよう」は潜航を開始。予想はしていたが、海中透明度が悪く、海底は砂泥という環境であった。少しの振動でも海底の砂泥が舞い上がり、前に進むことさえ困難となる状況だ。ソナーを使って目標にゆっくりと近づき、該船を確認。水深90mに沈座する不審船は、不気味で妖気さえ漂わせているかのように感じた。辺りには、おびただしい数の武器や備品が散らばり、明らかに工作活動をしている船であることがわかった。計15回の潜航によって、ビデオ撮影や証拠物品の回収にあたり、現場を後にした。
海没した航空機の捜索、引き揚げにも幾度か関わってきた。サイドスキャンソナーによる捜索から始まり、機体部品の回収、時には機体丸ごと引き揚げまで行い、作業日数も数日から数十日と様々だった。海没した航空機の状態は、大きくふたつのケースに分かれる。ひとつは、機体がほぼ原形を留めた状態で沈座している物。おそらく海面への不時着に成功したものの海没したと思われる。このようなケースでは、できるだけ機体状態を損傷させないように引き揚げを行った。それは現場関係者の確立した連携プレーがあってこそ実現できたものである。
もうひとつは機体が分裂して海底に散乱しているケース。この場合では広範囲にわたってパーツ回収を一つずつ行っていくが、墜落時の状況を確認するため、ブラックボックスや計器類の発見と回収が重要課題となる。いずれのケースであっても海の住人でない航空機の姿を目の当たりにしたときは閉口し息をのんだ。
命を落とした方が残していった教訓を生かすため、今後の事故を未然に防ぐために、原因究明に関与する物を何としてでも発見し、そして引き揚げたいというのがわれわれの思いである。

海底資源探査・採掘への貢献

水深100~300mの大陸棚では、未知の可能性を保有した生物資源が豊富に存在しているものと思われる。この資源を有効に活用することができれば、海洋関係各位の研究にとどまらず、生物薬学にも大きく貢献できるのではないか。海は広大で手が届かぬほど深いものであるが、そんな海から人々はこれからも恩恵を授かり生かされて行くであろう。
また、既知の通り今や世界各国がエネルギーや鉱物資源の採掘・確保に積極的であり、わが国は後れをとっているようであるが、近年本腰を入れて海底資源探査に力を注いでいる。大規模なプロジェクトになれば海中工事や探査が必須となり、それらの一環として大深度にも対応できるROV等に海中技術が引き継がれ、その活躍が期待されている。今やROV、AUVの無人潜水艇が深海探査のシェアを占め、有人潜水艇の活躍の場がほとんどなくなりつつある。しかし、有人潜水艇にしかできない「肉眼でそれを見ることができる」という事実は今後も変わらない。無人探査機はカメラで撮影した映像を船上モニターで観察するが、有人潜水艇は有識者が同乗できるので、のぞき窓越しに直接目視することにより、細やかな所までの観察ができる。また潜水艇操船、マニピュレーター操作も目視で行うので複雑、繊細な作業が可能と思われる。
「はくよう」の運航を通して、今後もわが国の海洋調査、海洋開発に貢献していきたい。(了)

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