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オーシャンニューズレター

第291号(2012.09.20発行)

第291号(2012.09.20 発行)

水産を核とした地域イノベーションー宇和海水産構想のもとで

[KEYWORDS] 漁村の活性化/食料問題/地域連携
愛媛大学社会連携推進機構 教授、愛媛大学南予水産研究センター長◆山内晧平

わが国では経済のグローバル化の影響を受けて安価な輸入水産物により、地域の水産業が衰退し、地域社会が疲弊し、水産業・漁村のもつ多面的機能が発揮しにくくなっている。
まず、水産業を核とした地域イノベーションを興し、「人間の安全保障」としての新しい水産食料生産システムの創出が必要である。その実現に向けては、産学官に住民を加えて活動する世界を見据えた地域将来構想が欠かせない。

人間の安全保障としての食料問題

現在、世界の人口は地球規模で爆発的に急増しており、それを養う人間活動が環境汚染や資源の枯渇を引き起こしている。人間を含めた生物は有限な資源を消費することによって生存しているが、地球上の多様な生物によって作り出される物質環境による生命維持システムが働いているため、生物は今日まで生存してきた。しかし、近年の人間活動はその生物多様性にも負のインパクトを与えていて、地球全体の持続可能性のための阻害要因となってきている※1。
日本学術会議は21世紀の解決すべき地球規模の主要課題として、人口増加、地球環境劣化、南北格差の拡大の三つの問題を挙げている※2が、いずれの問題も「人間の安全保障」を脅かしかねない。「欠乏からの脅威」から人々の生命、安全などを守っていく種々の取り組みが必要である。食料問題もその一つである。
農水産業が果たす重要な一義的役割は、食料を持続的に生産して人間の生命と生活を維持・発展させることにより、「欠乏からの脅威」から守ることにある。しかし、世界の人口は増加し続けると予測されており、食料不足と偏在はこれまで以上に進む可能性がある。わが国にとどまらず、国際的にも新たな持続可能な食料生産システムが望まれている。特に本稿では、水産食料生産システムについて触れたい。

多面的機能を持つ水産業・漁村の社会貢献

わが国の水産食料生産の多くは地方が担っている。水産業を基盤とした漁村は近代以前から存在していて、地域の資源を活かして独自の文化を創ってきた。しかし、戦後の近代化のなかで、漁村の持つ非経済的価値はなおざりにされてきた。その結果、漁村は衰退の一途を辿っている。
水産業・漁村には、漁業生産活動が副次的に多くの生産物を生み出して多面的機能を発揮し、社会的貢献を果たす役割がある※3。その役割は、(1)食料・資源の供給を基盤に副次的に発生する、(2)自然環境の保全、(3)地域社会の形成・維持、(4)国民の生命財産の保全、(5)居住や交流の場の提供、に整理されており、漁業生産と漁村社会が存在することが多面的機能を生み出すためには必要であることが理解できる。
しかし、問題なのは、経済がグローバル化している中で日本では安価な輸入水産物により、漁村を支えてきた水産業の衰退が進みはじめ、地域社会が疲弊してきていることである。そのような状況のなか、地域住民が行っている地域の資源、すなわち生活の知恵、食文化、伝統的儀式などを活用して地域社会の振興を目指した自主的活動は注目に値する。この住民の活動が公共性を持ってこそ、漁村地域全体の活性化がもたらされる。そのためには、産学官連携に止まらず、住民を巻き込んだ、地域が向かっていくべき将来構想を持つことである。

愛媛大学南予水産研究センターと宇和海水産構想

■宇和海水産構想に参加する自治体首長による構想推進協議会発足式(2011/5/16)

■宇和島市遊子(ゆす)の養殖いかだ

愛媛県南予地域は日本でも有数の漁業生産地であり、特に養殖生産地(ハマチ、マダイ、真珠母貝等)としては日本一である。しかし、他地域と同様、水産業は衰退し、漁村は崩壊しかねない情況にある。
そうしたなか、愛媛大学は県と愛南町の要請を受けて、平成20年4月、愛南町に地域貢献型の南予水産研究センター※4を設置した。本センターは天然資源に負荷を与えない養殖を中心として、環境科学研究部門、生命科学研究部門、社会科学研究部門の3部門が連携し、水産養殖の生産から流通・販売に加えて漁村文化までの研究を一貫したシステムと把えて行うことに特色がある。われわれは特に地域のニーズの中に研究シーズを見出し、地域の課題解決することに留意している。それらの研究課題は多岐にわたっていて、その主なものは生産現場環境の保全に併せて赤潮の発生機構とその予報システムの開発、海洋生物の生命機能を活用した、付加価値が高く安全・安心な養殖魚の作出に関する研究や新養殖魚の開発、地域に合った新しい流通システムの開発、漁村文化や魚食教育・普及に関する研究などである。加えて、当センターの人材育成では農学部の海洋生産特別コース(定員5名)の学生の3学年から2年間、生産現場を体験させながら当センターで教育・研究を教授し、卒業後、現場で働く人材を育てている。現在、上記のような特色を持つ当センターを中核とした産学官連携ネットワークが形成され、協働して研究が行われている。
そのうちの一つが平成21年度から始まった文部科学省の地域イノベーションクラスタープログラム(都市エリア型)である。これは愛南町の「愛南町水産・食料基地構想」と県のアクションプラン「養殖をベースとした新産業創出イニシアティブ」を基に計画された。宇和島市と愛南町地域を中心として生産者が利益を出せる新流通システムの創出を目指して、高度管理型魚類養殖技術、未利用バイオマス飼料化技術、温暖化対応型真珠養殖技術などの生産技術開発に加え、新流通パイロットモデル研究を行った。このプログラムでは、一定の技術開発の成果を挙げたが、予想を越えた地域の一体感が醸成されてきたことも収穫であった。この成果をさらに宇和海全域に展開するために、愛媛県と高知県にまたがった4市2町による水産クラスターを作るための『宇和海水産構想』を策定した。これには産学官に加えて自立的に活動している地域住民も参加して、マリンイノベーション部門、環境部門、人材育成部門にそれぞれ参加し、地域資源を多面的に活用した活動を行っている。
この宇和海水産構想に基づいた新たな文部科学省の「地域イノベーションプログラム『持続可能な「えひめ水産イノベーション」の構築』」も本年に採択された。環境科学、生命科学の先端的研究で開発・生産される養殖魚を、生産者の利益が上げられる新流通を開拓して消費者に届けるという6次産業化の新しい水産システムを創出することを目的としている。この成果を日本だけに留まらず、魚食文化を持つ中国、東南アジア圏に展開して東南アジア水産イノベーションシステムを共創し、「人間の安全保障」に寄与する食料問題に取り組みたい。(了)

※1 日本学術会議 持続可能な世界分科会提言「持続可能な世界の構築のために」(2010)
※2 日本学術会議声明「日本の科学技術政策の要請」(2005)
※3 日本学術会議答申「地球環境・人間生活にかかわる水産業および漁村の多面的な機能の内容および評価について」(2004)

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