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オーシャンニュースレター

第28号(2001.10.05発行)

第28号(2001.10.05 発行)

御蔵島とイルカ

御蔵島在住◆今村綾美

人口280人の村落がひとつあるだけの御蔵島がイルカ・ウォッチングで一躍有名になってから10年が経つ。しかしながら、数ある伊豆諸島の中で、御蔵島にだけイルカがいるのはなぜなのかということを考えたとき、これまで「好きだから」とか「癒されるから」という人間の一方的な都合だけで行われてきたイルカ・ウォッチングのありかたは見直すべき時だと感じる。

御蔵島地図

御蔵島では野生のバンドウイルカが1年中観察されている。これは島の人にとっては特別なことではなく、昔から当たり前のことであった。そんな御蔵島が"イルカブーム"などと言われ、突然クローズアップされるようになり、イルカ・ウォッチングが始まってからそろそろ10年になる。かく言う私も"イルカブーム"の頃に学生のイルカの調査ボランティアとして初めて御蔵島を訪れた一人であり、地の人間ではない。しかし通い始めて5年、卒業後、御蔵島に魅せられて御蔵に住み始めて、いまでは2年目。島で生活していると、御蔵島のイルカを取り巻く様々なものが変化しつつあると肌で感じる。

御蔵島は、人口280人の村落がひとつあるだけの小さな島である。神様を大事にし、何かの行事の際には島の女衆が総出でごちそうを作り、昔から続くタカベの回し網漁では男衆が協力し合って漁をする。夏の祭りには皆で神輿を担いで村中を練り歩く。日常生活の何気ない場面にも、昔からの知恵や習慣が色濃く残っている島である。また、島の大部分を占める森は深く(幹周り5m以上の巨樹が日本一多い場所でもある)、豊かな森が蓄えた水は、幾筋もの滝となって海に注ぐ。そして、この海にイルカがいる。数ある伊豆諸島の中で、なぜか、御蔵島にだけイルカがいるのだ。

島の人に「どうして御蔵島にはイルカがいるのか」と尋ねると、「水かいいからだ」とか「山が深いからだ」といった答えが返ってくる。水とか山とかイルカとは関係のなさそうなことであるが、山の養分を含んだ水が海に流れ落ちて、その養分がプランクトンを育て......と考えると、なるほどと気づかされる。また、島の人は「イルカなんて玉石(御蔵島の海岸線を埋め尽くしている石)みたいなもんだ」とも言う。ずっと昔から島の周りにいるのが当たり前で、特に大事にするでもなく、邪魔にするでもなくつきあってきた。もちろん珍しがって追いまわすことなどなかっただろう。島の人とイルカの自然体での関係。そして豊かな山。だからこそ、イルカはここにいるんだなあと、科学的な根拠はないが私には思える。

そんなことを考えたとき、御蔵島周辺で行われているイルカ・ウォッチングに疑問を抱いた。

イルカ・ウォッチングでこの島を訪れる人たちの中には、イルカだけを見て満足して、イルカと御蔵の自然や人の関係について充分に理解をしないままで帰ってゆく人も多い。御蔵島に上陸することなくイルカだけを見て、という人も少なくないのである。イルカが好きだと言う多くの人たちは、イルカを取り巻く自然と人の関係に充分には目がいっていないように思う。イルカは可愛くて人間と遊んでくれるもの、癒してくれるもの。たしかにそうであるのだが、動物園や水族館のあり方が見直されているように、人間が一方的に見て満足するだけのイルカ・ウォッチングは見直すべき時だと思う。

ウォッチングを行う業者側も、イルカの存在をトータルに見た正しい情報を伝える努力をしなければならないし、イルカを取り巻く自然と人の関係にもにお客さんの目を向けさせる術も考えなくてはならない。また、イルカを見に来るお客さんも、水族館のイルカとは違う、野生動物であるイルカの自然の姿をそのままに理解するという認識を持たなければならないと思う。日本でも注目され始めている"エコツーリズム"の考え方を、御蔵島でのイルカ・ウォッチングを素材にして、より良いものに進化させる意欲を持って、取り入れることが必要なのではないだろうか。(了)

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