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第23号( 2001.07.20 発行) 【特集】海の日
第23号(2001.07.20 発行)

海と都市
新しい海と都市の風景の創造
~次世代ウォーターフロント開発へ~

日本大学理工学部教授◆横内憲久

ウォーターフロント開発の最大の功績は、都市生活者の目を海に向けさせたことであり、海と都市の風景を創出させたことでもある。しかし、これまでのウォーターフロント開発は、真にウォーターフロントの環境的特性を理解した上で行われたとはいい難く、新たなフェーズ(次世代ウォーターフロント開発)に期待がかかる。また、メガフロートは新しい都市風景をつくり上げるポテンシャルを有しているが、単なる土地の代替空間といった位置づけだけでは実現化への途は厳しいといわざるを得ない。

ウォーターフロント開発の評価

東京・台場地区
ウォーターフロント開発は、新たな海のある風景を都市に提供した(東京・台場地区)

東京・隅田川河口から東京港・台場周辺にかけてのウォーターフロントは、めまぐるしいサイクルでその表情を変えている。端的にいえば、北米先進事例におけるウォーターフロント開発の進化のプロセスどおりに、商業からオフィスそして居住機能へと、単機能から複合機能へ、また空間としては点から面へ、次第に彫りの深い都市の風景を見せ始めてきている。

ウォーターフロント開発が都市に果たした最大の功績は、都市生活者の目を海に向けさせたことである。もう少し正確にいうならば、都市内において、海という対象(場)を眺められる、新たな視点場を提供したといえる。

風景は、人の立つ視点場と、そこから眺められる対象場の空間関係から成り立つ。重要なのは、ウォーターフロントから見える対象場としての海の風景の評価は、視点場の空間的充実度に左右されることである。同じ海を眺めるにしても、豊かな空間(視点場)から見るか、貧しい空間から見るかでは、評価が変わるのは自明であり、都市生活者の目が海に向かったということは、1985年以降に本格的に整備されてきた視点場としてのウォーターフロントが充実(量・質ともに)したことを意味している。

このようなウォーターフロント開発であるが、「わが国のウォーターフロント開発は、ウォーターフロントだからこそ開発をしたわけではなく、デベロッパー(公共・民間含め)の純粋な経済・経営論理(費用対効果)に則った場が、たまたまウォーターフロントであったに過ぎない」という批判もある。この指摘は、一面では今後のウォーターフロント開発のあり方を鋭くついているが、適切でない側面もある。

確かに、開発は原則として、投資に対してそれを上回る利潤が見込めなければ成立しない。したがって、デベロッパーとしては、内陸・ウォーターフロントにかかわらず、より多くの利潤が上がりそうな場所を選定する。しかし、そこへ入居するテナント(賃借・購入含め)側は、必ずしもデベロッパーと同じ論理であるとはいえない。とくに、効率性だけが最終決定要素とはいえない、オフィスや居住機能などは、立地場所の空間的雰囲気・眺望などを含めた周辺環境を優先する傾向にある。それがウォーターフロントである場合、デベロッパーの意思にかかわらず、ウォーターフロントが選ばれたのであるから、結果的にはウォーターフロントならではの開発といえよう。

一方、適切な指摘としては、ウォーターフロントや海の空間的・環境的特性を十分理解して開発を行っているとは思えない事例があまりにも多いことである。穏やかな日のウォーターフロントは海がもたらす恩恵に人々は喜々とするが、海は穏やかな日ばかりではない。強風・豪雨・高波・塩・湿気など自然の作用を直接に受けるウォーターフロントに、これまでの開発はあまりにも無頓着である。そのことが、ウォーターフロントだからこその開発でないとの批判につながっているのであれば、甘受しなければならないし、今後は真の理解の上でウォーターフロント開発を実行していかねばならない。

メガフロートの意味

ウォーターフロント開発は都市にある海の楽しさを体現することによって、海と都市との関わり(融合)の理解を深めつつある。これと同様に、海と都市の新たな風景の創出に期待が寄せられているのが、いわゆるメガフロート(超大型浮体式構造物)である。そもそも、メガフロートは、埋め立てに関わるさまざまなリスクを軽減させ、埋め立てに代わる空間の創造というコンセプトで注目を浴びている。数年にわたる実海域での実験によって、安全性や耐久性等のデータは蓄積されているが、実現化への弾みがもうひとつ付いてこない。その要因は、採算性(コスト)の有無の判断、前例なきゆえの技術的な不安感、環境(生物・海象等)に対する影響の是非などが考えられるが、それらの前に、メガフロートによって、海と都市の何が、どのように変わるかといった、建設の直接・間接効果ともいえる根本的な状況の想定が十分に論議されてきていない点が上げられよう。つまり、ウォーターフロント開発が、都市に海の楽しさや環境の良さを徐々に知らしめ、その形(風景)を整えてきたのに比べ、メガフロートは海を単なる土地の代替空間としてしかみていないことが、その根底にあり、海の魅力を都市生活に取り入れるという側面がみえてこないのである。

新たなフェーズを迎えたウォーターフロント開発

高輪海邉七月二十六夜待
「高輪海邉七月二十六夜待」の図(江戸名所図会)。海岸線・料亭・船などの海辺の賑わいは、台場地区に透写されているようである

江戸後期に編まれた「江戸名所図会」(1834年)をみると、当時の市民がいかに海や海辺と密接に関わり都市生活にこれらを取り入れていたかが分る。現在の台場地域の様相は、江戸期の姿が透写されたかのようにみえ、約160年余の歳月を経て、海辺はウォーターフロントと名を変え都市に甦りはじめたといえよう。これに加えて、現代の技術の粋を集めたメガフロートが、都市生活の豊かさを増大させる役割を持って入り込めば、また新たな海と都市の風景が創出されるであろうし、それを土台として、さらに海と都市のあり方の知恵も生まれてくる。

都市のウォーターフロントは、1980年代のブームといえる揺籃期を過ぎ、そこで得た諸問題を糧に、本格的なウォーターフロントならではの開発のフェーズ(次世代ウォーターフロント開発)を迎えようとする予感がしてならない。この機会を失うことなく、綿密な利用(保全も含め)の戦略を立て、適切な海に関わる活用や産業を生み出していかねばならない時期にきていると痛切に感じる。(了)

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