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第237号(2010.06.20発行)

第237号(2010.06.20 発行)

船用冷凍コンテナを利用したアワビ陸上養殖システムの開発

[KEYWORDS] 陸上養殖/アワビ/海洋環境保全
海洋政策研究財団調査役◆菅原一美

船用冷凍コンテナを利用したアワビ陸上養殖システムの開発が進んでいる。
すでに実験が終わり数カ所で実用化システムの設置が始まっているが、誰もがどこででも低コストで始めることができるため、農業や漁業者の副業に適している。
大規模な養殖場でなければ養殖事業は成り立たないというのは過去の常識になるだろう。

開発の経緯

日本国内の養殖業は、内湾水域の海洋・海中養殖が主流であったが、養殖に適した海域は海水温の上昇、赤潮の発生、魚病、海洋汚染などにより、今では海水環境の良い沖合で盛んにおこなわれている。しかし、内水、沖合養殖とも養殖魚の排出物や残餌がもたらす海洋環境汚染や管理費、設備費などのコスト増加により採算が悪化し、養殖業は昭和60年をピークに年々減少する厳しい状況である。
日本でも陸上養殖研究が盛んに行われるようになったが、養殖資機材のコスト高、人件費が高いなどの理由で、研究段階で終わる例が多かった。養殖は、海上であれ陸上であれ、自然環境に悪影響を及ぼさない状況下で行われなければならない。そのことを念頭に、当財団は、日本財団の調査研究助成金で、ヨーロッパで盛んに行われている陸上養殖がわが国でも可能かどうかを調査するため、平成9年8月に陸上養殖の先進国の一つであるフランス、イタリア、ノルウェーを中心にウナギ、スズキ、ニジマス、ヒラメなどの養殖場の調査を行った。そこで私が注目したのは、家族単位で働いている小規模の陸上養殖場が多数あり、ヨーロッパ一帯に分布している養殖場にトラブルが発生すると、数時間以内に専門の技術サポート会社が現場に駆けつけ、生産者は安心して仕事ができるシステムができていることであった。養殖の成功には、安価な養殖用水・設備・餌・稚魚の確保、養殖管理・技術、販売先の確保等、コスト低減のための体制確立が重要である。そこで大規模な養殖場でなければ養殖事業は成り立たないといった従来の常識から離れて、どこでも誰でも養殖ができる陸上養殖システムの開発を思い立った。それは、将来の気候変動への対応や、海洋環境や漁業資源の向上の一助となると確信し、取り組むこととした。

養殖用水と場所・安価な設備

まず、養殖用水は海水(海洋深層水も)が入手できれば最高であるが、水道水(飲料水)に人工塩を溶かすことでも養殖は可能である。場所と設備については、土地、建家から養殖システムまで建設すると、小規模でも数千万円かかり、特に水温の管理にかかる機器代と電力料が大きく、これではどの様な魚を養殖しても採算が難しい。そこで、私は20数年前に当財団の筑波研究所で低温環境実験を行った船用冷凍コンテナがあることを思い出し、コンテナの室温と中に設置した水槽の水温が同じになるのではないかと考え実験をしたところ、数時間で室温と水温が同じになることが分かった。室温の調節は安価な市販のインバーターエアコンで室温を一定にすると、コンテナの床、壁、天井が厚い断熱材で覆われているので、外部への放熱量が少ないため、少ない電力で水温調節ができた。
コンテナは、仮設建物なので必ずしも建築確認は必要ではなく、四隅の土台さえしっかりしていれば、遊休地や畑、駐車場でも簡単に設置できる。また、船用冷凍コンテナは、アルミとステンレス鋼で出来ているので、前記の20数年経った中古のコンテナでもほとんど錆は発生せず、内部は非常に清潔であった。コンテナ内に収納する養殖機材は、特殊な機器は使用せず、一般に販売され実績のあるものを使用することとした。ただし、狭いコンテナ内に設置できないものは、性能を重視して小型化を図った。

養殖する対象とその餌

そして肝心の養殖対象の稚魚(貝)であるが、試行錯誤の上、狭いコンテナ内で養殖するため、運動量の大きい泳ぐ魚を避け、飼育が容易で病気にも強く、稚貝の入手が容易で成貝の販売価格が高いアワビを選んだ。
年間を通じて安定に購入できるアワビ用餌は人工配合飼料であり、殻長約60mmまでは人工配合飼料を与えているが、殻長70~90mmの成貝の出荷時の風味、安全・安心な品質を確保するには本来のアワビの餌である昆布を与える必要があった。市販の昆布は高価であるので、全国の昆布養殖場や産地の漁協に協力を依頼し、アワビ用餌として安価に購入する体制を作った。特に、NPO海の森づくり推進協会の協力により、本年5月に長崎県壱岐の養殖生昆布約11トンの購入が決まっている。その他、神奈川県横須賀、愛媛県宇和島や北海道根室、羅臼の漁協の協力により購入する予定である。また、北海道では昆布の海底繁殖地に生えているスジメやアイヌワカメが、雑草として刈り取られているものを、アワビ用餌として利用できるのではないかとのことで、廃棄物の有効利用として購入を検討している。昆布や海藻は鮮度を保つため水分を切って冷凍し、アワビ陸上養殖場に近い漁協の協力により冷凍倉庫に保管し、年間を通じて供給できることになった。
養殖で成功するコツは、その作業に従事する人の意識が最も大事なことである。アワビに限らず生き物を育てることは、毎日のマニュアル通りの作業(機器の点検、清掃、給餌、計測、水替え)等をきちんと進めてゆかなければならない。気を緩めると必ずトラブルが発生する。本陸場養殖システムのユーザーに対しては、私が大学と連携して機器の故障、水温、水質、斃死、生育などについての相談を受けているが、専門のメンテナンス会社設立の準備も進めている。

(1)実験段階が終わり全国数カ所でアワビ陸上養殖システムの実用化が始まった。
(2)陸上養殖システムで育ったアワビ。
(3)船用冷凍コンテナ内に設置した飼育水槽。
(4)養殖システムを収納する使用済み船用冷凍コンテナの列。

おわりに

平成19年、アワビ養殖実験が終わり数カ所で実用化システムの設置が始まったが、約1年後に成長したアワビを賞味したところ、餌に昆布を与えていることから味、風味とも天然物と差がなく、好評を得、以降この養殖システムの普及に力を得た。現在、全国にこのアワビ陸上養殖システムの設置台数(20ft換算)が23台となり、昨年はタイ国にも1台輸出され、徐々に普及が進んでいる。
アワビ陸上養殖システムは、経験がなくても小資本で始めることができ、場所を選ばず設置できるので、農業や漁業者の副業に適している。また季節に関わらず生産したアワビは地産地消の産業として有望であり、最近注目されているフードマイレージが小さいことも特長である。特に温泉地や観光地で消費されることで地元の特産品としての活用も期待される。
なお、本システムの大きな特長である低消費電力で温度環境が作れることを利用して、塩水を用いた野菜の室内水耕栽培の試みも一部で始まっており、アワビ以外の魚類(ウナギ等)の養殖、野菜の栽培(トマト、海ブドウ、わさび)等が、低コストで行うことができ、農・漁業の複合生産が広がることが期待される。数年後にはアワビ養殖が約60台、野菜の室内栽培20台の設置が計画されている。
今後、農業への普及も進め、フードマイレージへの貢献、海水利用による陸域の水資源の保全、そして海洋環境の保全を図ってゆく所存である。(了)

●  アワビ陸上養殖システム詳細は、海洋政策研究財団HPを参照下さい。 なお、本養殖システムは、特許出願中(特願2007-112797)です。

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