Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第210号(2009.05.05発行)

海難の原因究明体制の強化~運輸安全委員会の設置~

[KEYWORDS] 運輸安全委員会/事故調査/海難審判
運輸安全委員会事務局長◆柚木浩一

海難の原因究明および再発防止に万全を期すべく、また陸・海・空の事故原因究明機能の強化・総合化を図ることを目的として、平成20年10月1日、海難審判庁と航空・鉄道事故調査委員会を改組し、船舶、航空、鉄道事故等の原因究明を行う運輸安全委員会と、海技従事者等の懲戒を行う海難審判所となった。本稿では改組の背景とその概要を述べたい。

はじめに

国民の安全・安心が強く求められている昨今、近年の公共交通機関における事故・トラブルも踏まえ、事故調査機関に寄せられる期待の高まりには著しいものがある。国際的にも事故調査機関をとりまく環境は変化しており、海難の調査については、国際海事機関(IMO)において、懲戒(海技従事者等の免許にかかる行政処分)から分離した、再発防止のための「原因究明型」の海難調査を行うための国際的なルールが成文化された。
国民の期待や国際的要請に的確に対応していくため、陸・海・空の事故原因究明機能の強化・総合化を図るとともに、海難の原因究明および再発防止に万全を期すべく、平成20年10月1日、海難審判庁と航空・鉄道事故調査委員会を改組し、船舶、航空、鉄道事故等の原因究明を行う運輸安全委員会と、海技従事者等の懲戒を行う海難審判所を設置した。

組織の沿革

(1)海難審判庁
海難審判制度は、明治30年7月に施行された海員懲戒法により確立された。海員懲戒法は、わが国における、海運、造船各企業の成長に対応して、懲戒について、特別な官庁を設けてこれに審判を行わせることが、公正中立な処分を行うため必要であるとの認識のもと制定された。当時の逓信省に設置された高等海員審判所、地方海員審判所が審判を行うこととされ、二審制を採用していた。
その後、海難件数の増加や、新憲法の公布による改正の必要性が生じたことから、昭和22年11月、海難審判法を公布し、海員審判所を海難審判所と改称し、また、昭和24年の国家行政組織法の施行に伴い、海難審判所は、海難審判庁と改称して運輸省(当時)の外局となった。
(2)航空・鉄道事故調査委員会
昭和46年7月に、東亜国内航空のYS-11「ばんだい号」の横津岳墜落事故、全日空のボーイング727と航空自衛隊F86の雫石上空での空中接触事故が、相次いで発生した。これらの事故をきっかけに、原因究明の公正、迅速、的確性を期する事故調査機関の設置の必要性が強く認識されるようになり、昭和49年1月、航空事故調査委員会設置法に基づき、運輸省(当時)の「審議会等」として航空事故調査委員会が設立された。
その後、平成3年5月の信楽高原鐵道列車衝突事故、平成12年3月の帝都高速度交通営団(当時)日比谷線中目黒駅構内における列車脱線衝突事故等をきっかけとした鉄道の安全確保に対する期待の高まりを背景に、鉄道事故の原因究明を行う常設の組織の必要性が強く認識されるようになった。そこで、平成13年10月、組織名称を「航空・鉄道事故調査委員会」とし、鉄道事故調査も併せ行う組織に変更した。

組織改編の背景

船舶事故発生後の手続きの流れ

わが国では、海難は原因究明と懲戒を海難審判手続のもとで一体的に行ってきたが、海難の調査を取り巻く国際的な環境は変化しており、原因究明と懲戒を分離するのが大きな流れになっている。上述のように、IMOにおいて、原因究明と懲戒の分離について規定する国際的なルールが成文化され、平成22年1月に発効する予定となっていることに加えて、すでに諸外国においては、事故調査機関と懲戒機関を別組織とすることが主流となっており、例えば、フランスでは1997年、ドイツでは2002年に、懲戒機関とは別に、海難の事故調査機関が設立されている。
また、航空・鉄道事故調査委員会については、かねてより国会からも、体制・機能の強化、陸・海・空にわたる業務範囲の拡大の必要性について、指摘がなされていた。
このような状況を受け、航空・鉄道事故調査委員会の事故原因究明のための調査対象に船舶事故を加えるとともに、従来の「審議会等」という位置付けであった航空・鉄道事故調査委員会を、国家行政組織法第3条に基づく府省並びの組織(いわゆる3条機関)である運輸安全委員会に改めることとした。また、これまで海難審判庁で行っていた懲戒については、海難審判所が引き継いだ。

組織改編の概要

海難について、原因究明と懲戒の手続を分離させたことにより、個人に対する責任追及を目的とはしない、客観的・科学的な原因究明と再発防止策の提言のみを行うための調査を運輸安全委員会において行うことが可能となった。
また、運輸安全委員会は、いわゆる3条機関として設置されたことにより、職員の任免権や独自の規則制定権を持つこととなり、より主体的な組織の統轄、政策立案・実施機能の高度化が図られた。
運輸安全委員会への改編後の調査体制としては、旧地方海難審判庁が置かれていた8箇所に引き続き同委員会の地方事務所を設置することとし、東京の事故調査官により重大な船舶事故を、各地方事務所の事故調査官によりその他の船舶事故をそれぞれ調査することで、案件ごとに効率的な事故調査を実施していくこととした。
一方、海難審判所が担う懲戒手続については、海難審判庁と同様、東京に海難審判所、地方8カ所に地方海難審判所を置き、海事に関する豊富な知識・経験を有する審判官による海難審判を通じて行われるという従来の対審方式を踏襲している。しかしながら、今まで地方海難審判庁および高等海難審判庁によって行われてきた二審制の手続を一審制に改めるなど、行政運営の効率化を図るべく、手続面の改正がなされた。これにより、重大な海難を東京の海難審判所において、それ以外の海難を各地方海難審判所において審判を行うこととなった。(図参照)

終わりに

平成20年3月に瀬戸内海明石海峡東部で発生した油送船オーシャンフェニックスと貨物船第五栄政丸、貨物船ゴールドリーダーの3船の衝突事故や、平成20年6月に千葉県犬吠崎沖で発生した漁船第五十八寿和丸の沈没事故など、依然海難の発生は後を絶たず、これらの事故の原因を究明し再発の防止に寄与することは極めて重要であり、国の果たすべき役割は非常に大きいと認識している。公共交通機関の最も基本的なサービスは安全の確保であり、悲惨な事故を二度と起こさないということが関係者のすべての願いである。運輸安全委員会の業務のあり方について引き続き改善に努め、公共交通の安全性のより一層の向上を目指したい。(了)

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