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第411号(2017.09.20 発行)

ナホトカ号重油流出事故から20年 ~21世紀の環境災害とわれわれの使命~

[KEYWORDS]ナホトカ号/重油流出事故/教訓の伝承
NPO法人日本環境災害情報センター会長◆大貫 伸

ナホトカ号重油流出事故から20年が経過した。
以来、日本では環境災害と言えるほど深刻な油流出事故は発生していない。
人類が石油と持続的な共生を維持するためには、万が一の事態に備えた次世代への教訓の伝承が極めて重要となろう。
とくに、ナホトカ号重油流出事故を経験したわれわれに与えられた使命は、今のうちに、同事故の正確な教訓を次世代に確実に伝えておくことである。

20年前の光景

ナホトカ号重油流出事故の海岸清掃。機械力を用いることが困難な岩場が多く、非常に多くのボランティアの手を借りて回収作業が行われた。
(出典:日本海難防止協会創立50周年記念イベント「戦後海難の歴史と再発防止への取り組み」)

1997年1月2日未明、ロシア船籍のタンカー「ナホトカ」(13,157総トン)は風速約20m、波高約6mに達する悪天候の中、島根県・隠岐諸島の北北東約100kmの日本海を航行していた。ナホトカ号は建造後26年が経過した老齢タンカーで、中国・上海港からロシア・ペトロハバロフスク港に向け、重油約19,000kLを輸送する途中であった。ナホトカ号が積載していた重油は、カムチャカ半島の各町に設置された家庭暖房用ボイラーの燃料として配給される予定だった。
日本海の厳しい荒波は、ナホトカ号の老体を容赦なく翻弄した。同号は耐え切れずついに折損、船尾部はその場で沈没し、船首部は半没状態で周囲に重油をまき散らしながら漂流を続け、事故から5日後の1月7日、福井県・三国町(現在の坂井市)の岬付近の海岸に漂着した。海上に流出した推定約6,240kLの重油は冷風に曝され、荒波に激しくもまれたことにより、ムース化(チョコレートムースのような固形物に近い状態となること)し、日本海沿岸の海岸に続々と漂着、島根県から秋田県に及ぶ1府8県の海岸が延べ1,000kmにわたり汚染された。
日本海を低く覆う鉛色の層雲と肌を刺すような寒風…、対策本部の合同会議に参加する人々の沈痛な面持ち…、油しぶきを浴びながら海岸清掃現場の指揮を執るコマンダーの叫び声…、黙々と浜辺の重油を拾い集めるボランティアのうしろ姿…、真っ黒に汚染された海岸を孫の手を握り締めながら呆然と見つめる老人の鳶色の目…、油抜き取りのための仮設道路を建設するため灰色のブルドーザーを器用に操る建設作業員の大きな手…、私があの日あの現場で眼にしたさまざまな光景は、当初のオールカラーの動画ではなく、色褪せた静止画へと変化はしたものの、今でもはっきりと脳裏のスクリーンに蘇らせることができる。『平成16年度版防災白書』によると、延べ27万人を越えるボランティアが全国から集まり、原油の回収作業が行われた。ナホトカ号事故は災害ボランティアが日本に根付く契機の一つとなった。

油流出事故への対策

ナホトカ号重油流出事故以来、日本では環境災害と言えるほど深刻な油流出事故は発生していない。世界的にも油流出事故の減少傾向は顕著である。700t以上の大量の油流出を伴うタンカー事故の発生件数は、1970年代には世界平均で年間24.6件あった。しかし、1980年代には9.3件、1990年代には7.8件と減少、さらに2000年代には3.3件、2010年代には1.7件とさらなる減少を続け現在に至る。
環境災害級の大規模油流出事故が激減した理由は多岐にわたり、どの対策がもっとも効果的であったかは一概には言えない。ハード面ではタンカーに対しダブルハル(二重船殻)構造が強制化され、船齢の古いシングルハル(一重船殻)構造のタンカーのフェーズアウト(段階的排除)が促進されこと、ソフト面では国際安全管理コード(ISMコード)が導入され、海運会社に対し船舶・陸上を含めた全社的な安全管理システムの構築・運用が強制化されたこと等が大きな理由の一つとして考えられる。また、近年の海運界では航行安全や環境保全に対する高品質化の傾向が目覚ましく、低品質な会社が必然的に世界市場から排除されていったことも理由の一つとして考えられる。また、仮にタンカー事故が発生した場合にあっても、IMO(国際海事機関)が主導する国際油濁保障制度に追加基金が導入され、日本等の加盟国での油汚染被害に対する保障限度額は、従来の3倍以上に相当する約1,028億ドルまで増額されている。

新たなリスク

ナホトカ号重油流出事故から20年が経過した。対策本部の人々…、海岸清掃現場の人々…、仮設道路の建設現場の人々…、私の脳裏のスクリーンに今も現れる大勢の人々は、そのほとんどが第一線を退いていった。現場で、当時の上司に「いいか、この光景をしっかりと見ておけ…、絶対に忘れるな!」と言われた若き日の私も、間もなく還暦を迎えようとしている。私の記憶がセピア色に変化し始めたのと同様、日本中を震撼させたあの未曾有の環境災害の記憶は、人々の脳裏から間もなく消え去ろうとしているのではなかろうか。
たしかに、環境災害級の大規模油流出事故は、世界的にも激減した。他方、最近では、地球温暖化による氷の減少によって、北極海航路を利用する船舶が増加するようになった。また、大量の燃料油を搭載し、タンカーより大きなコンテナ船が世界の海に就航するようにもなった。北極海域は環境の変化に対し脆弱であり、また、自然の回復力が他の海域に比べ遅いのが特徴である。そのため、ひとたび油流出事故が発生すると、極域に生息する海鳥や鰭脚類(ききゃくるい)※1等の貴重な野生動物に、大きな被害が及ぶことが容易に予想される。また、巨大コンテナ船には、ナホトカ号重油流出事故による流出量に相当する大量の重油が燃料として搭載されている。
このように、大規模油流出事故が減少する一方、新たなリスクも次々に誕生しているのが海の現状である。地震などの災害に起因する油流出の懸念もある。油流出事故は単に減少しただけであって、ゼロになったわけではない。今後、人類が石油の恩恵を受け続け、石油の海上生産や輸送活動が行なわれている限り、油流出事故に伴う環境災害は統計的にいつか必ず起き、それを止めることは誰にもできない。われわれは過去に日本で大規模な油流出事故が発生し、環境災害へと発展した苦い歴史を決して忘れてはならない。

教訓の伝承

今後、大きな油流出事故が発生しないことを祈りつつも、人類が石油と持続的な共生を維持するためには、万が一の事態に備えた次世代への教訓の伝承がきわめて重要となろう。とくにナホトカ号重油流出事故を経験したわれわれに与えられた使命は、今のうちに、同事故の正確な教訓を次世代に確実に伝えておくことである。人は必ず老い、その記憶は年々不確かなものとなる。成功談や自慢話はいつまでも記憶に残り語り継がれる。しかし、逆に失敗談やコンプライアンス面で公表しにくい話は、例えそこに貴重な教訓が含まれていても、核心部分が伏せられ、教訓として活かされないままやがて人々の記憶から消滅してしまう可能性がある。
次世代への伝承のため、われわれに残された時間や機会は、意外と短く少ないのかも知れない。次世代の日本のため、われわれには重要な使命が残されていることを忘れてはならない。(了)

  1. ※1鰭脚類=水中での生活に適応して足がひれ状になった海棲哺乳類。アシカ、オットセイ、トド、アザラシ、セイウチなど
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