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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第409号(2017.08.20 発行)

船長を経て水先人へ ─ 水先人の仕事と後継者問題

[KEYWORDS]船長/水先人/後継者不足
元那覇水先区水先人◆上里 武

水先人は、水先区(全国35区)として船舶交通が混雑する港や航行の難所として設定された水域において、船舶を安全かつ速やかに嚮導する業務を担っている。水先人の業務の公共性と後継者問題を踏まえ、今後の公共的かつ相互扶助的な水先人制度の構築が期待される。

船長とは

「船長」とは、船乗りとして海に糧を求める者にとって、最も誇り高い存在である。船長の職を得るためには、国家試験という幾重もの難関を乗り越え、かつ、人格や資質を備えるための経験を積み重ねると共に操船術の習得のための体感を養い、これを実践する過程で到達できる職種である。そして、そのような経験を乗り越えてやっと到達した船長という職は、誇りと共に孤独な重責という不安を伴い、時には逃避したい衝動に駆られる場合もある仕事である。しかしながら、これらの苦難を乗り越えて、己の力量を実践する良い機会であると捉え、信念をもって努力することができれば、技術者としての誇りを得ることのできる職種ではないかと思う。
また、船長というのは、単に船の統括者のみならず全ての行為に対して義務と責任を負うと共に、安全運航に徹することを目的とすべき立場である。さらに、対外的ないわば外交官としての礼節も求められる祟高な職業でもある。また、船長も船乗りである以上、必然的に長期にわたって家庭を離れ、家族に大きな負担を強い、その他諸々の苦難を経験する。それらを克服して、資質を身につけ、さらに豊富な操船術を体得し実践するのが、船長である。

水先人とは

船長の延長線上に、「水先人(パイロット:PILOT)」という、より大きな目標の存在に気づき、それに向かって邁進することを選択する者もいる。船舶交通が混雑する港や航行の難所とされる水域は、水先区(全国35区)として設定され、水先区を航行する船舶には、国土交通省の免許を受けた「水先人」が乗りこみ、船舶を安全かつ速やかに航行、入出港させている(写真1および2参照)。
「水先人」とは、水先区において、船が航行する際や入出港の際に、船舶を安全かつ迅速に導くために、その水域特有の事情を熟知している専門家として、船長への助言者を務める者である。この制度は世界各国においても同様に実施されており船舶交通の安全確保を通じ、かけがえのない人命や貴重な資源・財産の確保、港湾機能の維持・向上、海洋環境の保全を図り、日々の生活や経済活動の安定確保を支えている。
水先人は数多い船長経験者の中でも僅か一握りの者にのみ与えられる職業であって、その要件は、志望者の支援となる環境要因、能力、幸運とタイミングを経て、より難度の高い国家免許資格を取得した、海技従事者の頂点的な存在である。水先業務には船長時代、長期に渡って培われてきた体感、すなわち、あらゆる事象に抗して頭で考える以前に体が即座に反応して事故を未然に防止する能力を身につけ、かつ、嚮導する船の船長の助言者として船長に代わってその責務を任され、どのような外的要件(気象、海象の状態と変化、周囲の状況)が発生してもこれに抗して安全運航の達成という責務を負うことになる。また、水先人は種々雑多な船舶の安全操船をするために、船長時代に体得した高度な操船術の実践に加え、水先案内という公共性の高い仕事に対して、崇高な人格、技量、技術を身につけ、さらに卓越したリーダーシップと国際性によって、外国船船長の信頼を勝ち取る責務を負うのである(写真3参照)。
もちろん、そのような重責を克服して自身の意のままに大型船を操船し、事を成し得た時の達成感は当事者でなければ、味わえない喜びもある。また、水先人になれば、船長時代には長い間かなえることのできなかった家庭という安らぎを得ることもできる。
現在、全国35カ所の水先区において、約650名の水先人が日々現場で船舶の安全運航と海洋環境の保全のため日夜を問わず活躍しているが、後継者不足で困窮しており、早急な対策が求められている。

■写真1■写真2
パイロットラダーからタンカーに乗り込む様子

■写真3
外国船キャプテンと筆者

水先人の後継者不足問題

2007(平成19)年に水先法が一部改正となり、以前のように十分な船長経験がなくても一定の要件を満たせば若い者にも水先人としての門戸が拓かれたことはおおいに歓迎されるところである。以前の制度では、水先免許を取得するには、総トン数3,000トン以上の船舶で3年以上船長を務めた経験が必要であったため、通常、50歳代で初めて水先人になることが普通であったが、水先法の改正により、登録水先人養成施設※1において所定の課程(2年6カ月)を修了することで、船長経験のない者でも3級の水先人の受験資格を得ることが可能となった。
だが、水先人は、担当する水域(水先区)特有の条件を熟知している必要があるため、免許は全国35カ所の水先区別に受けなければならず、例えばAの水先区の免許しか持たない水先人は、Bの水先区では水先業務を行うことはできない。しかも、水先人の身分は個人事業主であるため、起こり得る過失に対して、自己責任を負うことになる。
さらに、水先人の業務は、高い公共性から応召義務が水先法に明記されており、顧客の要請に対して時間的に厳格でなければならない。そのために常に体調を整え、夜更かし・深酒等は厳に慎み、顧客の要請に応える義務を負う。そして、業務中は緊張の連続であり、業務を行う行為が長ければ長いほど体力的な負担が重くのしかかる。そのような行為を体感的に十分に経験した者であれば、対処は容易であろうが、経験の乏しい若い者にとって人生の長きに渡ってそのような緊張状態が続くことになれば重い負担となる。
水先人は、時には一度の過失で人生の終焉を伴う恐れもあるとすれば、若い人にとって己の人生を賭けることが、はたして妥当かどうか躊躇せざるを得ないことも納得できる。

今後に向けて

小生は20余年、那覇水先区水先人としてサンゴ礁に囲まれた複雑な水路のある小さな港での業務や大小さまざまな船舶(旅客船、貨物船、コンテナ船、タンカー、軍艦、原子力潜水艦)等、5,200隻余を操船し、突然の外的危険に度々遭遇するもこれを克服し、無事故で職務を終えることができたことは、幸運に恵まれたという一言に尽きると思っている※2
上述のように、水先人には高度な技術と人間力が要求され、さらに船舶の安全かつ効率的な入出港のために必要不可欠な存在となる。いわば社会インフラである水先業務の公共性と安全第一主義に鑑み、水先人および水先業務については、個人事業主ではなく、競争原理の伴わない何らかの公共的で相互扶助的な手当のできる組織の構築が必要ではないかと考える。(了)

  1. ※1登録水先人養成施設=国立大学法人東京海洋大学、国立大学法人神戸大学、独立行政法人海技教育機構海技大学校
  2. ※2筆者は2016年春の叙勲で旭日小綬章を受章
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