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第401号(2017.04.20 発行)

企画展「クリオネと海洋酸性化」開催について

[KEYWORDS]海洋教育/新種クリオネ/海洋酸性化
北海道蘭越町貝の館学芸員◆山崎友資

海洋の温暖化と酸性化問題は、社会と密接な関係にあるにもかかわらず、その過程やリスクについて広く知られておらず、緩和策や適応策について全体で考える段階にない。
そこで、貝類専門博物館であるミュージアムの主旨を生かし、話題性があるキーワードを入口として、緩和策や適応策について考える機会の提供を目的に、海洋酸性化に関する企画展「クリオネと海洋酸性化」を開催した。

海洋の温暖化と酸性化

二酸化炭素は、地球温暖化を加速させる温室効果ガスとして広く知られている。温暖化と人為起源の二酸化炭素は、IPCC第5次レポートによれば95パーセント以上の確率で関連があるとされている。一方で、大気中の二酸化炭素は、大気を暖めることにより海洋を温暖化させ、また海洋へ溶け込むことによって海洋酸性化 (以下、酸性化)を引き起こすが、その現象について広く知られていない。併せて、海洋中に二酸化炭素などが溶け込むことでエネルギーが蓄積されることは、気候変動や海洋生物に対し、どのような影響をもたらすかについて、学際的な研究が進められるなか、場合によっては両極端な見解が提示され、研究者間においても意見が分かれる難しい分野とも言える。このような状況のもと、それら一連について広く知ってもらうことを目的に、その第一歩として酸性化に関する企画展を計画した。
蘭越町貝の館は、1991年に建設された、貝類を専門に扱う珍しい博物館である。当館における酸性化に関する企画展を通じた情報発信は、酸性化によって貝殻の溶解が報告されていること、貝類は海洋生物で最も種類数が多い生物であることから、意義があると考えた。しかしながら、酸性化は、「海洋立国日本」にとって身近な現象にもかかわらず、馴染みが無いため、目的の達成には、話題性があるキーワードを入口に取り進めなければ難しいことは明らかである。そこで、巻貝の一種で通称クリオネの名前で親しみのあるハダカカメガイ類の生態展示を通じて(写真1左)、広く知って貰う機会を設けようと取り進めた。偶然にも、開館25周年にあたる2016年に、当館から新種のクリオネを発表し (写真1右)、これを機会に企画展成功の確信を得た。

■写真1
左: これまで知られていたハダカカメガイ(通称クリオネ)と、右: 114年ぶりに発見された新種のクリオネ、ダルマハダカカメガイClione okhotensis(Yamazaki & Kuwahara, 2017)スケールは1cm。

クリオネと海洋酸性化問題

クリオネ類は、ミュージアムにおいて話題性がある生物の一つである。学術的には、クリオネ属と呼ばれる巻貝のグループに属し、北極と南極の両極から4種類知られている。本属は、巻貝だが、特定の幼生期だけお椀状の貝殻を持ち、暫くすると貝殻を捨ててしまうため、一般で目にするクリオネ類は貝殻を持っていない。酸性化問題は、二酸化炭素の溶解特性から、冷たい海、すなわちクリオネ類が生息する高緯度から進行する。クリオネ類は、同じような場所に生息する巻貝の1種であるミジンウキマイマイ (写真2)(以下、ミジン)を偏食する。ミジンは、酸性化により、海域によっては既に貝殻の溶解が認められている。さらに、2100年における酸性化のシナリオによれば、ミジンは、アラゴナイトと呼ばれる結晶構造の貝殻を作るために必要な材料を海水中から調達できず、絶滅してしまうと言われている。餌を失ったクリオネは、やがて絶滅する。クリオネと酸性化は、このように強い関係性がある。

■写真2
海洋酸性化の影響を受けやすいミジンウキマイマイの幼体。翼状の足を2つ持ち、上下にパタパタ動かすことによって、水中を泳ぐことが出来る。スケールは0.5mm。(採集者: 北海道大学プランクトン教室、有馬大地)

企画展「クリオネと海洋酸性化」

本企画展は、クリオネ類の生態展示を通じて、背景にある酸性化問題に関して広く知って貰うことを目的として、当館が主催となって全国4カ所のミュージアムで同時開催した。さらに理解を深める機会として、普及講演会や、図書館において関連図書の紹介を含めたブックトーク等の開催を通じて、学習の場を提供した (写真3)。開催にあたり、小学生でも十分に理解できるよう、「クリオネと海洋酸性化」に関するリーフレットと、オリジナルの生態系ピラミッドを積木で作成した。
オリジナルの生態系ピラミッドは、4段で構成され、1段目からミジン、クリオネ、サケ、ヒグマの順に並んでいる (写真4)。北太平洋のカナダ沿岸での調査報告によれば、酸性化によってミジンやクリオネが減ると、産業有用種であるカラフトマス(以下、マス)の餌が減り、漁獲高が減るとされている。日本において、酸性化が生態系や産業へ与える影響を評価した例は少ない。知床半島と周辺海域は、2005年にユネスコ世界自然遺産に登録された。選定理由の一つとして、海と陸の生態系が健全な状態にあることが挙げられる。海から陸への物質輸送には、マスが貢献している。マスは、従来、白身だが、海で多くのプランクトンを食べ、餌が持つ色素によって白身がピンク色を帯びる。多くの栄養を蓄えたマスは、産卵のため母川を遡上し、産卵後に力尽きる。力尽きたマスは、やがてヒグマなどの陸上ほ乳類等によって捕食され、海由来のリンや窒素が豊富に含まれる排泄物が森林に分散され、植物の栄養となる。海と陸の生態系が健全な状態にある知床半島は、前述のカナダの報告を参考にすると、酸性化に脆弱な生態系と言える。オリジナルの生態系ピラミッドは、このことを解りやすく説明するのに適している。
ミュージアムにおける企画展示や活動を通じて、来館者や参加者には、海洋酸性化の過程とリスクについて浸透しつつあり、継続して情報発信することが効果的と考える。

■写真3
図書館で開催したブックトークにおいてクリオネの生態を観察している様子。
■写真4
知床の生態系を例にした生態系ピラミッドのオリジナル積木。積木の素材は抗菌性がある「青森ヒバ」で、木の香りが良いことも参加者を引きつけるポイント。英語版と日本語版があり、絵はレーザー彫刻仕上げ。

ミュージアムから発信する「海洋温暖化・酸性化」問題

海洋温暖化・酸性化問題は、海洋生物や生態系に長い時間をかけて大きな影響を与えることは知られている。中には、一部の海洋生物が日本近海から消滅するといった見解もあるが、マスメディアで紹介される機会は少なく、その要因は、長い時間をかけて影響が出ること、専門用語や単位など、一般に紹介するにはハードルがやや高いことにあると言われている。
一方、ミュージアムでは、海洋温暖化・酸性化の影響を受けると考えられる生物が展示水槽の中で見られる。これらの問題について、生態を目の前に、将来見られなくなる可能性や成長・行動等に影響を及ぼすことについて解説すれば、説得力があり理解が深められる。よって、ミュージアムが海洋教育に貢献できる可能性は大きい。ミュージアムは、現状において問題を知ってもらうためのハード面として充実しているが、背景にある問題について解説した例は少なく、ソフト面では、やや不足と言える。不足を補うためには、ミュージアムへの情報提供や、専門研究者とのネットワーク構築等が課題となる。これらが達成されれば、正しい情報が広く発信され、来館者が海の温暖化・酸性化に対する意識を高めることで、緩和策について大きな貢献となり、社会の適応策に対して多くの選択肢を人類に与えることになる。(了)

  1. 本企画展は、蘭越町貝の館にて2017年10月31日まで開催中。新種記載および企画展をはじめとした活動は、船の科学館「海の学び調査・研究サポート」および「海の博物館活動サポート」の助成を受けて行われました。
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