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第333号( 2014.06.20 発行)
第333号(2014.06.20 発行)

沖縄の水中文化遺産と「海底遺跡ミュージアム構想」

[KEYWORDS]海洋考古学/水中文化財の保護と活用/八重山諸島
東海大学海洋学部准教授◆小野林太郎

水中文化遺産の保護に関して、すでに多くの国では海底に残された遺跡をそのまま史跡公園化し、文化・観光資源として活用するという「海底遺跡ミュージアム構想」も活発化しつつある。
日本沿岸でも沖縄県の水中文化遺産などが注目されつつあるが、遺跡の正確な地図すら作成されていない状況にあり、経済的かつ安定した保護のためには水中文化遺産を文化資源や観光資源ともなりうる海洋資源の一つとして活用していくべきと考える。

日本における水中文化遺産の現状と沖縄

日本沿岸における水中文化遺産は、2010年に元の軍船や遺物が発見された長崎県松浦市の鷹島海底遺跡が、海底遺跡として初めて国指定遺跡(遺跡名:鷹島神崎遺跡)とされるなど、その学術・社会的な関心が高まりつつある。国際的にも2001年にユネスコの「水中文化遺産保護条約」※1が国連で採択され、2009年から20カ国の批准により発効、2013年までに44カ国が批准するなど、その重要性は確実に高まっている。特に2013年2月に国連常任理事国でもあるフランスが批准したことはさらなる影響を与えることが予想される。
実際、日本においても2013年3月に文化庁が「水中遺跡調査検討委員会」を立ち上げ、ついに国としての動きも出てきた。ただし文化庁によるこの委員会では、ユネスコの条約との関連性については現時点では協議の対象外である。これに対し、ユネスコの文化遺産関連の国際条約に対する対外的受け皿となってきた日本イコモス国内委員会※2は、2013年次に「水中文化遺産保護条約」に関する諸問題の研究小委員会を設立し(主査:荒木伸介氏)、2014年次より水中文化遺産の定義、範囲、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚、公海における調査や研究の対等のあり方といった諸問題についての協議・検討を開始する計画である。
このような状況の中で、近年とくに注目されつつあるのが日本の南に位置し、多くの島々からなる沖縄県の水中文化遺産である。実際、沖縄県の沿岸地域に多くの海底遺跡群が比較的良好な状態で存在していることは、沖縄県立埋蔵文化財センターによる「沿岸地域遺跡分布調査」でも確認され、NPO法人アジア水中考古学研究所によって実施された「海の文化遺産総合調査」では、沖縄県の水中文化遺産をリスト化する作業が行われ、現時点で計190遺跡が確認されている※3。

八重山諸島・石垣島の屋良部沖海底遺跡

■図1:石垣島と屋良部沖海底遺跡および周辺海底遺跡の位置

■図2:屋良部沖海底遺跡で発見された四爪鉄錨6号
(全長約2mあり、遺跡内でも最も大きい錨)(山本祐司氏 撮影・提供)

そんな沖縄県の中でも、水中文化遺産の教育資源や観光資源としての利用と保護において高い可能性を持つのが離島域にあたる八重山諸島である。その行政・交通・経済の中心地は石垣島であり(図1)、この島は古来より、沖縄と中国やアジアとを結ぶ海上交易の中継地としても重要な島であり続けてきた。近年においては沖縄観光やダイビングの人気スポットとして誰もが知る島でもある。
ここで紹介する屋良部沖海底遺跡もその石垣島西岸に位置し、2010年に地元のプロダイバーによって発見され、報告を受けた沖縄県立博物館・美術館による調査で水中文化遺産として正式に認識された海底遺跡である。この遺跡の歴史的な重要性は、沖縄県初の四爪鉄錨が大小7点も発見された上、沖縄本島産と推測される近世陶器壺が良好な保存状態で多数発見された点にある。四爪鉄錨は、日本では近世江戸期に活躍した和船で主に利用された錨で、先端が楔状に四つに割れていることからこの呼称がついた。その四爪鉄錨が複数発見されたことから、遺跡は17~19世紀の近世期のものである可能性が高く、これは陶器壺の発見とも一致する(図2)。
一方、江戸期に琉球王国として独立していた沖縄では、なぜかこれまで陸上においても四爪鉄錨が確認されておらず、かつての琉球船が四爪鉄錨を装備していなかった可能性も指摘されてきた。このため、屋良部沖の四爪鉄錨は17世紀より琉球に進攻した薩摩の船や、中国船だった可能性もでてきた。そこで2012年からは、沖縄県立博物館・美術館や東海大学、岡山大学らによる共同調査が開始され、四爪鉄錨や陶器壺群の正確な位置やサイズの計測、海底遺跡マップの作成が行われてきたほか、東海大海洋学部で開発中の低コスト型水中ロボットによる遠隔操作での無人探査や調査記録を目的としたハイビジョン映像撮影も試みられてきた。
このように水中文化遺産を正確に海底地形図上に記録することは、考古学研究においては必要不可欠の作業であるが、日本における水中文化遺産の多くは、経済的コストや技術的要因によりまだその遺跡地図すら作成されていない状況にある。八重山諸島においても状況は同じであり、現時点で海底地形も記録した正確な遺跡地図が作成されているのはこの屋良部沖海底遺跡のみであるが、今後の文化遺産行政において水中文化遺産の保護や新たな活用を提案していくうえでは重要な考古学データとなるであろう。

水中文化遺産の新たな利用と「海底遺跡ミュージアム構想」

ところで陸上の文化遺産と異なり、水中に位置する文化遺産を恒常的、人為的に保護し、その劣化や破壊等を防ぐことは容易ではない。このため、水中文化遺産は歴史的に価値があったとしても、単純にその分布範囲を囲い込み、立ち入りを制限すれば良いという発想は現実的でなく、また保護という観点からも効果は期待できない。むしろ、水中文化遺産の場合、海を生業とする様々な関係者と文化財の保護と管理を担当する埋蔵文化財関係者が相互に協力し、水中文化遺産を文化資源や観光資源ともなりうる海洋資源の一つとして活用していくことが、もっとも経済的かつ安定した保護の状態を生み出すのではないだろうか。
このような理解に基づいた動きは、ユネスコの水中文化遺産保護条約にも代表されるように、世界的な潮流にもなっている。またその一環として、海底に残された遺跡をそのまま史跡公園化し、文化・観光資源として活用するという「海底遺跡ミュージアム構想」も活発化しつつあり、バイア遺跡で成功したイタリアなど、すでに実現している国もある。こうした世界的な動きに対し、日本はまだ水中文化遺産保護条約を批准していないため、現時点で水中文化遺産の海底遺跡ミュージアム化を強く主張するのは現実的ではないかもしれない。
しかし、たとえばこれら海底遺跡の一部を、ダイビング観光や海洋教育の一環としての遺跡見学等に取り入れ、地元住民によって積極的に利用・保護していく方向であれば、日本においてもその可能性は十分にある。とくにダイビングや観光業が盛んな八重山諸島や石垣島においては、その可能性は高い※4。その可能性を模索していくためにも今後、より広く一般社会に水中文化遺産の海洋資源としての魅力や歴史・文化的価値を紹介していく必要を感じている。(了)

※1 水中文化遺産保護条約については、本誌301号197号98号を参照下さい。
※2 ICOMOS(International Concil on Monuments and Sites)国際記念物遺跡会議は、1965年に設立された文化遺産に関わる国際的なNGO。日本イコモス国内委員会 http://www.japan-icomos.org/aboutus.html
※3 アジア考古学研究所発行『水中文化遺産データベースの作成と水中考古学の推進』(2012)
※4 沖縄の久米島では、水深の比較的浅い沿岸域に分布する海底遺跡でシュノーケリングによる遺跡見学会(主催:久米島教育委員会・久米島博物館)が開催されており、中高生から大人まで多くの参加者が集い、人気を博している。
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