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第197号( 2008.10.20 発行)
第197号(2008.10.20 発行)

ユネスコ2001年 水中文化遺産保護条約と国際協力

[KEYWORDS]水中文化遺産保護条約/ユネスコ/国内法整備
ユネスコ文化局 プログラム・スペシャリスト◆高橋 暁

水中文化遺産は、古代文明や人類の航海の歴史を解き明かす重要な情報を抱いて海底に眠っている。
ユネスコは2001年の「水中文化遺産保護条約」採択以来、その普及に取り組んできた。
その発効は目前に迫っているが、日本は、アジア地域および世界の水中文化遺産保護分野における国際協力にどのように参加していくのか議論を深めながら、国際協力の具体的な経験や成果を積み重ねていくべきと考える。

現状

国連の専門機関であるユネスコは、世界の文化多様性保護に関する合計7つの国際条約を管理しているが、その一つに2001年に採択された「水中文化遺産保護条約」がある※1。ユネスコは2001年条約の採択以来、その普及に取り組んできた※2。2008年8月現在、18カ国がこの条約を批准しており※3、来年中には20カ国の批准を得て、その3カ月後に2001年条約が発効する見通しである。
2001年条約は1982年に国連が採択した「海洋法に関する国際連合条約」(UNCLOS)を補完し、領海外の公海や深海底の場所に存在するために保護の対象から外れてきた水中文化遺産の包括的な保護を第一義的な目的としており、水中文化遺産の所有権に関しては規定していない。2001年条約は、排他的経済水域および大陸棚に存在する水中文化遺産、特に難破船などの保護管理に関して、沿岸国にその調整国となる優先権を与えている。その理由は、関連する国々の利害の調整のためには、その水中文化遺産に最も近い国が保護管理を行うことがより実際的であるということにあり、調整国は、条約の定める国際協力の枠組みの中で、関連する締約国の代表として、水中文化遺産に対する活動を調整する。条約は「世界自然文化遺産保護条約」(1972年条約)にみられるような政府間委員会、締約国の義務的な拠出金からなる国際基金、水中文化遺産のリスト化は規定していない。条約の付属書は、水中文化遺産を、科学的な調査を行う場合を除いて、現在存在する場所に保って、学術的な調査・発掘・保存・活用を行うことを奨励している。この方法は、難破船を引き揚げるよりも費用がかからないと考えられ、また、その場に保存することによって水中文化遺産の盗掘による散逸が防止され、新しい文化産業としての水中観光による経済的効果や、水中博物館による環境教育に貢献することも期待されている。
ヨーロッパでは、1970年代から欧州評議会を中心に、水中文化遺産保存に関する地域条約の作成がなされ、EUなどが実際の関連事業に対する資金援助を行ってきた。ユネスコは、アドリア海沿岸のザーラに、クロアチア政府の協力を得て、水中文化遺産に関する地域センターを設立した。アジアでは、同様のセンターが、スリランカのゴールに設立される予定である。また、ユネスコは、エジプトのアレクサンドリアに、海底から引き揚げられた文化財を展示するのみならず、一部海中に建設される博物館部分から、水中にある文化遺産や海底都市の遺跡を実際に見ることかできるような水中文化遺産のための博物館を建設するという実験的プロジェクトに対する支援を開始した。

国内体制の整備

ユネスコは、文化遺産全般に関するオンライン・データベースのなかで、各国の水中文化遺産に関する国内法を紹介している※4。2001年条約に関連する国内制度は、各国の水中文化遺産保護の歴史や、現在その国が置かれている政治・経済状況によってきわめて多様である。水中文化遺産保護には、文化遺産保護、文化財の不法移転・輸出入、財産権、海事、輸出入・関税、国立公園や環境保護、海洋学術研究など広範囲に関わる法制度が関連してくる。
日本において水中文化遺産は、文化財保護法によって埋蔵文化財として取り扱われ、長崎の鷹島の元寇関連や、函館戦争の際の旧徳川幕府の開陽丸などの水中文化遺産が発掘されている。海外では「水中有形文化財」という独立した文化財類型や専門の研究センターを設けている国もある。アメリカやオーストラリアは、沿岸域に沈む海底遺跡や難破船などを、周辺の海洋環境も含めて保護するために、沿岸域や海洋の関連特定海域を広域指定する保護制度を確立している。地中海沿岸では、主要な水中文化遺産が存在する場所を繋ぐダイビングのルートが設けられるなど、水中文化遺産は観光産業の貴重な資源となっている。
難破船から不法に回復される陶器や硬貨などは、美術品や文化財を扱うオークションで高額な値段で取引される。1751年に南シナ海で沈没した東インド会社の商船ヘルデルマルセン号が1986年に発見され、その積荷であった陶器がヨーロッパの美術品オークションにかけられて散逸した。1822年に難破した中国の帆船テク・シン号が、1999年にインドネシア近海で発見され、陶器などの一部がオートラリアに不法輸入されかかった際には、オーストラリア政府はそれらを押収して、インドネシア政府に返還した。このような問題に対処するには、日本政府が2002年に「文化財の不法な輸入、輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約」(1970年条約)を批准する際に制定した国内実施法「文化財の不法な輸出入等の規制等に関する法律」を、水中から不法に回復され取引されている文化財に適用することが適切と思われる。
水中文化遺産の保護は海洋環境や生物多様性保護と切り離すことができない。2007年に採択された日本の海洋基本法は、水中文化遺産に関して直接言及してはいないが、海洋環境の保全や沿岸域の総合的管理などに関する条項が、水中文化遺産に対する関連性を含んでいると考えられる。

まとめ

E. Trainito © UNESCO. Italy, wreck located in Porto San Paolo, III. Century A.D.
E. Trainito © UNESCO. Italy, wreck located in Porto San Paolo, III. Century A.D.

水中文化遺産は、古代文明や人類の航海の歴史を解き明かす重要な情報を抱いて海底に眠っている。日本政府は、2001年条約の作成の際、水中文化遺産の包括的保護を目的とする国際協力システムを構築し、最新の機器や技術を用いて宝探しをするダイバー輩出国と開発途上国の間に存在する大きなギャップを人材養成などによって解消するという条約の趣旨に賛同し、ユネスコに対して重要な支援を行った。2001年条約の発効が迫るなか、文化国際協力や海洋研究で培われた海底探査技術などで国際的な評価の高い日本が、アジア地域および世界の水中文化遺産保護分野における国際協力にどのように参加していくのか、政府・学術専門家、地方自治体、そして関連NPOなど市民社会の参加を得ながら、議論を深める必要があろう。2001年条約の批准にむけた国内法制度の整備と同時に、各国との関連情報の共有や、水中考古学に関する共同研究の支援、関連領域の専門家の教育・訓練、科学技術を水中文化遺産保護に適用した実験的な事業を支援するなど、国際協力の具体的な経験や成果を積み重ねていくことが長期的に有効と考える。(了)

●本稿は著者個人の考えであって、所属する団体のものではありません。

※1 水中文化遺産保護条約の起草経緯と内容に関しては、小山佳枝、「水中文化遺産の法的保護」、海洋政策研究財団ニュースレター第98号、2004年9月がある。
※2 アジアにおいては2003年に香港で専門家会議が開催された。Lyndel V. Prott, ed., Finishing the Interrupted Voyage, Institute of Art and Law, 2006.
※3 パナマ、ブルガリア、クロアチア、スペイン、リビア、ナイジェリア、リトアニア、メキシコ、パラグアイ、ポルトガル、エクアドル、ウクライナ、レバノン、サント・ルチア、ルーマニア、カンボジア、キューバ、モンテネグロ(批准順)
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