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第312号( 2013.08.05 発行)
第312号(2013.08.05 発行)

震災漂流物と漂着外来生物

[KEYWORDS]津波漂流桟橋/オレゴン海岸/海産外来種
前東邦大学教授◆風呂田利夫

東日本大震災の津波で流され太平洋を漂っている大型漂流物とともに、日本から多くの海洋生物がアメリカ西海岸に到達することが懸念されている。西海岸への日本産海洋生物の侵入の機会は、津波漂流物の漂着により確実に増加している。
漂着した桟橋に漂流開始時に何が付着していたかを調査するためにアメリカの海洋学者が来日、わが国の研究者や関係者とともに調査が行われた。

津波漂流物と海産外来種

2012年7月、アメリカ西海岸のオレゴン州立大学海洋科学センターのジョン・チャップマン博士を訪ねた。日本から持ち込まれたヤマトカワゴカイのアメリカ沿岸への侵入状況調査のためである。ヤマトカワゴカイは日本の河口干潟にたくさん生息し、釣餌でも売られている。アメリカ西海岸には本来このヤマトカワゴカイとそっくりのタンスイカワゴカイしか生息していないと考えられていた。しかし数年前にタンスイカワゴカイとして持ち帰った標本を鹿児島大学の研究者に提供したところ、遺伝子的ならびに繁殖の仕方をみると土着のタンスイカワゴカイではなく日本のヤマトカワゴカイであると同定された。いつのまにか日本のゴカイが西海岸にはびこっていたようだ。外来種の忍者的侵入である。アメリカ西海岸にはすでに日本や東アジアからこれまでにも多くの外来生物が侵入しており、地元種の生息を脅かし生態系の質的変更を起こしている。

オレゴンの海岸に漂着した浮桟橋

■写真1:オレゴン州ニューポートに漂着した浮桟橋(2012年6月)

本題はこのような背景の中での東日本大震災のアメリカ海岸での影響である。津波はもちろん西海岸にも到達したが、生物への直接の影響はない。問題は、津波で流され太平洋を漂っている大型漂流物とともに、日本から多くの海洋生物が到達することである。さらなる外来種の侵入を現地では警戒している。私がオレゴン州立大学海洋科学センターを訪れたとき、津波で流された浮桟橋がすでに近くの海岸に漂着していた。
一辺の長さ10メートルほどある桟橋は潮の引いた広大な砂浜の上に鎮座していた(写真1)。漂着したのは1カ月前で、表面の生物はすでに完全に除去されていた。研究者と市民とが協働で生物を掻き落とし、最後にバーナーで焼却除去した。付いてきた生物は詳細に調査され、海藻やフジツボ、イガイなど100種近くに達した。なかには侵入的外来種として悪名高いマヒトデやワカメも確認された。アメリカ西海岸の海岸生物相はもともと日本より単調で外来種の定着が起こり易く、その影響が顕著に現れる。アメリカが海洋外来種の侵入に敏感なのは、その影響の大きさをすでに経験しているからである。
この浮桟橋はすでに解体撤去された。解体に関わる費用は現地が負担した。日本も支援を申し出たが、「このような災害はオレゴンの海岸でもいつかは起こることであるから被災に関する経験の共有として自分で行う」とのことで、辞退したそうである。
漂着したこの浮桟橋は、青森県三沢漁港から流出したものである。三沢漁港では4基あった浮桟橋すべてが流出した。現在のところそのうち2基がすでにアメリカ西海岸に漂着し、1基がまだ太平洋上、もう一基は津波発生当初から行方不明である。これら桟橋に限らず、津波漂流物は東北太平洋岸一帯から大量に流出している。今年の4月には小型漁船も西海岸に流れ着き、一緒にこれまで西海岸では確認されていなかったイシダイも見つかった。付着生物だけではなく、游泳性の魚類までもが一緒にやってくるのだから、西海岸への日本産海洋生物の侵入の機会は、津波漂流物の漂着により確実に増加している。
昨年末、チャップマン博士より緊急の提案があった。「漂着桟橋に漂流開始時に何が付着していたかを、現在の三沢漁港の桟橋で調査をしよう」と言うものである。漂着物生物には、もともと付いていたものの他に太平洋上の漂流途中で付いたものも含まれる。それらを区別することも、生物学的にもまた新たな外来生物の侵入を予測する上でも重要な知見である。日本側の受け入れ体制を筆者が引き受け、三沢漁業協同組合、三沢市そして青森県の協力を得て今年の3月19日と20日に実施された。この時期を選んだのは桟橋が流出した時期の生物を得たかったからである。実施に当たってはわが国の海洋生物研究者の参入も不可欠である。各分類群や遺伝解析の研究者が、東北大学、東邦大学、横浜国立大学、神戸大学、鹿児島大学、そして環境コンサルタントの研究者の参加協力も得られた。

三沢漁港での調査

■写真2:三沢漁港での生物調査

■写真3:アゲツビーチの名前の由来となるオレゴン産のアゲツ(瑪瑙)と浮桟橋コンクリート片

アメリカからはチャップマン博士と多毛類(ゴカイ類)の研究者であるカリフォルニア自然史博物館のレスリー・ハリス博士とともにオレゴン州リンカン郡コミッショナーのトンプソン氏が来日した。新たに設置され1年以上が経過した浮桟橋の付着生物を潜水で採集した(写真2)。またトンプソン氏は三沢市や青森県の行政担当者と面談し、津波被害に弔意を述べるとともに津波の実態と漂着浮桟橋についての情報交換を行った。
今回得られた標本はハットフィールド海洋科学センターに送られ、現在日米の研究者らの手により分析中である。結果が出るまでにはもう少し時間がかかるが、まとまり次第発表していく。
今回の浮桟橋のアメリカ西海岸への漂着は、単に外来種の移送問題というだけではなく、太平洋を挟んで日本が他国とつながっていること、また津波によるゴミとしての漂流物に対してアメリカ側が被害者ではなく経験を共有できる機会としてポジティブに捉えていることを知ることができた。国際的共同研究は学術面だけではなく、文化面の相互理解としても重要であることもあらためて理解できた。最後に、トンプソン氏が日本の関係者にお土産として携えたオレゴン産の瑪瑙と漂着桟橋のコンクリート片に添えられたメッセージから漂着物に対するアメリカ人の気持ちを紹介したい。
─2011年3月の津波で三沢漁港から流出した浮桟橋が2012年6月、オレゴン州リンカン郡のアゲツビーチに漂着し、市民は震災の凄惨さを見せつけられた。同様な大地震、大津波が近い将来この海岸を襲うことを前提に、この海岸でも対策を準備している。広大な太平洋で隔てられてはいるが、同じような地質的脅威の環境にある私たち。この浮桟橋の小片とオレゴン海岸の瑪瑙(写真3)の石が友好の絆の印になれば幸いです。─(了)

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