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オーシャンニューズレター

第198号(2008.11.05発行)

第198号(2008.11.05 発行)

気候変動・海面上昇が沿岸域災害へ及ぼす影響

[KEYWORDS]海面上昇/浸水リスク/適応策
茨城大学広域水圏環境科学教育研究センター、地球変動適応科学研究機関准教授◆横木裕宗

2007年IPCC第4次報告書が採択された。今回は地球温暖化における人為的要因に関して、以前よりさらに強いメッセージが込められている。
温暖化・気候変動への対策には、緩和策と適応策という二通りの考え方がある。
緩和策とは、温暖化・気候変動の要因である温室効果ガスの大気中への排出を削減することでその進行を遅らせようとするものだが、それだけでは十分ではない。
影響そのものにうまく対処する適応策の早急な策定・実施が求められている。

1.はじめに

2007年IPCC第4次報告書が採択された。今回は地球温暖化における人為的要因に関して、以前よりさらに強いメッセージが込められている。温暖化・気候変動の影響は多くの分野・地域にまたがり沿岸域にも大きな影響が予測されている。本稿では、その中で沿岸域の災害への影響について紹介する。
第1作業部会の報告書では、すでに温暖化に伴う気候変動・海面上昇が生じており、それらが検出されていることが紹介された。将来の気温上昇の予測は0.6~4.0℃(1990年を基準とした2100年での上昇量、海面上昇量も同じ)、海面上昇は18~59cmとなっている。また、台風のような熱帯低気圧の発生についても、減ることはなく、海面水温の上昇により、より風速・降雨量の大きい台風の発生が増加すると予測している。
第2作業部会の報告書では、主たる影響分野として水資源、生態系、食料、沿岸域、健康があげられている。沿岸域では、海面上昇や気候変動によって洪水や高潮による浸水・氾濫の被害を受ける人口が増加し、2080年頃までには、何百万人もが毎年のように浸水被害を受けると予測されている。また、アジア・太平洋域には気候変動の影響に対して適応力の低い脆弱な地域が分布し、とくに東南アジアなどのメガデルタ地域は人口が密集しているため非常に脆弱とされている。また、高緯度や熱帯湿地地域では、河川流量の増加が予測されており、世界中で洪水を伴うような豪雨の発生頻度が増加すると予測されている。

2.沿岸域災害への影響

■図1 潜在的浸水域(海面上昇50cm+満潮)

■図2 東京湾(左)・大阪湾(右)沿岸域の潜在的浸水域

気候変動・海面上昇による沿岸域災害への影響は、まず浸水リスクが考えられる。浸水リスクには、海面上昇による平常時浸水リスクと、高潮や河川洪水による一時的浸水リスクがある。平常時浸水リスクとは、満潮時に海水位が地盤高を越えて、海水が陸域に侵入してくることを想定している。わが国ではこのような被害は考えにくいが、東南アジアの広大なデルタ地帯の先端海岸部やツバルに代表される南太平洋小島嶼国では、現実的である。一時的浸水リスクとは、台風襲来に伴い高潮が発生し浸水することや、集中豪雨によって河川氾濫が生じて沿岸域が浸水することを想定している。高潮による浸水リスクは、海面上昇により高まり、来襲する台風(熱帯低気圧)の強度が増加すればさらに高まると考えられる。日本を含むアジア地域では、比較的沿岸の低平地に多くの人口や資産が集中しているため、このリスクに備えることが重要課題である。
図1は、50cmの海面上昇に大潮の満潮位を考慮した水位と全球地盤高データとを比較して求めた平常時浸水域(赤)である。世界中の多くの海岸で浸水域が広がっていることが分かる。ここでは、護岸などの海岸・港湾構造物を全く考慮していないので、図は実際の浸水領域ではなく、「もし構造物がなければ」浸水する領域を示しており、いわば潜在的浸水域を表している。日本のように構造物などにより防護されている沿岸域では、図で表示された浸水域は、想定被害というよりは、構造物による防護によって得られた便益を表しているともいえる。
図2は、東京湾、大阪湾の浸水想定域を示している。海面上昇(59cm)だけで浸水する領域(黄緑)、それに満潮位を考慮すると浸水する領域(青緑)、さらに既往最大の高潮を考慮すると浸水する領域(青)に分けて表示している。ここでも海岸構造物は考慮していない。構造物で防御されているとはいえ、これらの地域では潜在的なリスクは非常に大きく、対策の重要性を示している。さらに海面上昇そのものより、高潮によって潜在的被害が大きく増大することも分かる。
高潮災害の将来予測に関しては、台風の発生・襲来の予測が非常に重要となる。IPCC報告書によれば、より強い台風の発生が予測され、頻度も減ることはないとある。しかし、気候研究者の間では現在も活発な議論が交わされ、気候変動が熱帯低気圧の発生頻度・強度の変化に影響を与えることについては認識が一致しているものの、どのように変化していくのかについては個々の気候モデルによる違いが大きく、議論の分かれるところであり、今後の研究の進展が待たれる。

3.災害対策としての適応策

温暖化・気候変動への対策には、緩和策と適応策という二通りの考え方がある。緩和策とは、温暖化・気候変動の要因である温室効果ガスの大気中への排出を削減することでその進行を遅らせ、くい止めようとするものである。しかし緩和策の効果が現れるには相当な時間がかかり、すでに気候変動の影響が生じていることから、影響そのものにうまく対処する適応策の早急な策定・実施が求められている。
三村信男(茨城大学教授)によれば適応策の基本的な内容は以下の4つにまとめられる。それらは、?リスクの回避・悪影響の発生可能性の低減、?悪影響の緩和、?リスクの分散、?リスクの受容・無対策である。とくに沿岸域における適応策は、撤退、順応、防護の3つに分類されて示されることが多い。撤退とは海岸および海岸に近い地域の開発抑制、移住などを意味し、順応とは、危険な地域での土地利用形態の変更や規制、災害保険の設定などである、また、防護とは構造物による浸水・氾濫防止から、養浜を用いた海岸侵食対策、災害の早期警戒システムなども含まれる。日本では沿岸域に多くの人口・資産が集中しており、その代替地もないことから、防護策が中心となると考えられる。適応策は、従来の防災対策や環境保全策とは別に新たに策定・実施するのではなく、それらに付加する形で策定・実施することが推奨されているが、具体的な技術メニューの整備はまだ十分ではないのが現状である。
適応策や緩和策による温暖化・気候変動対策の目標は、気候変動に関する国際連合枠組条約第2条に規定されているように、大気中の温室効果ガスの濃度を、危険な人為的干渉を及ぼさない水準に安定化させることである。つまり、その水準とは、結局われわれが受けると予測される影響の程度によって規定されることになる。現在、温暖化・気候変動対策の議論が活発に進行しており、そのため、より精度の高い影響の定量的評価が求められることになる。今後ますます温暖化・気候変動の影響評価研究が重要となってくると考えられる。(了)

● 図1、2は、筆者が所属している茨城大学工学部都市システム工学科水圏環境研究室および景観・空間設計研究室の成果を利用させて頂いた。深甚なる謝意を表します。

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