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第197号(2008.10.20発行)

第197号(2008.10.20 発行)

「総合海法」における研究・教育拠点の形成を目指して ~海法研究所(早大総合研究機構)の取り組み~

[KEYWORDS]総合海法/海法研究/海法教育
早稲田大学法学部教授、海法研究所副所長、弁護士◆箱井崇史

わが国の大学では、特異な歴史的経緯から、海法という法領域が十分に認知されていない。
しかし、国際的な海事問題に適切に対処するためには、産学官の力を結集して欧米に負けないよう「総合海法」の研究・教育を充実させることが不可欠である。
海洋国・海運国たるわが国にふさわしい研究・教育の拠点形成に向けて大学がその責任を果たすべく、海法研究所が活動を始めた。

1.はじめに

航海に関する法を「海法」というとすれば、この領域は19世紀以降に確立した現代的な法体系の下ではいくつもの分野にまたがった形で存在している。それゆえ、あえて「総合」などというまでもなく、その意味は海法という語に最初から含意されているともいえる。海法は、古代にさかのぼる歴史と伝統を誇る、最も古い法領域の一つであり、「陸法」とは別に独自の発展を遂げてきたことが知られている。しかし、ここで略述するような特異な経緯を経て、現在のわが国の大学では「総合海法」という把握が未だ十分に認知されているとはいえない状況にある。

2.わが国の知らない「海法典」

現代海法の起源は中世の海事慣習法に遡る。地中海などで海港都市が発達した結果、海域ごとに統一的なルールが必要とされ、実務における慣行を基礎として海法が形成されてきた。海域ごとのルールという点では、海法は生まれながらに国際的な性質をもっていたといえる。数百年にわたり蓄積された海事慣習法が、世界で初めて近代的な「海法典」として編纂されたのは、1681年フランスの海事王令(ルイ14世の王令)であった。この海事王令は、全体が5編713箇条にわたる大法典で、海事裁判、船舶・海員、海事契約(傭船契約・海上保険など)、港湾行政、漁業など海事全般を対象としていた(全文の拙訳が「早稲田法学」81巻4号以下にある)。フランス海事王令は100年以上にわたって維持され、欧州はもとより世界各地にきわめて大きな影響を与えてきた。
しかし、19世紀に入り欧州大陸で現代的な法典編纂事業が行われるようになると、公法と私法をいずれも含むという形での海法は、解体を余儀なくされた。その中心的な受け入れ先となったのが商法典であり、やはりフランスの1807年商法典(ナポレオン商法典)が世界最初のものである。商法中の海商編という構造は、1861年のドイツ旧商法典を経由してわが国の現行法(1899年(明治32年)商法)に受け継がれている。このようにわが国は「海法」の時代を経験することなく、海法は商法を中心とした各法分野に分散した形で伝えられてきた。まさに、この点が、永年にわたり海法を維持してきた欧米と大きく異なっている。そして、その後100年以上、わが国の大学では「海法」という把握はほとんどなされることがなく、学会こそ日本海法学会が存在しているものの、継続的な海法の研究・教育拠点が現れることはなかった。

3.「総合海法」研究・教育における大学の責任と実践の試み

海法研究所は、この9月に「東アジア海法フォーラム」を開催した。
海法研究所は、この9月に「東アジア海法フォーラム」を開催した。

成文法主義をとらない英米はもちろん、海法の解体を経験した大陸法諸国においても、海法の一定程度の実質的な一体性は今なお認識されているといってよい。それゆえ、英米仏さらに中国などでは「総合海法」を対象とした大学の学部、研究所、産学協同の研究所が設置され、大学院レベルでの海法の専門教育も行われており、実務界にも多くの修了者を送り出している。一方、わが国では、必要な実務教育は企業の充実したOJTによって行われ、ある意味では大学の怠慢を補完してきたといえる。しかし、日々生じる新たな、しかも国際的な問題に対応するためには社内教育としてのOJTには限界があり、法理論による考察に基づく対応が不可欠となる。また、企業内のOJTがかつてほど十分に機能していない、あるいはそもそも外注化により専門家が減少してきているという問題も指摘されている。海洋国・海運国にふさわしい総合海法の研究拠点の整備、海法教育の実施には、関係業界などと連携しながら、これまでの反省にたって大学がその推進役を果たしていく必要と責任があるように思う。私たちが海法研究所を大学に設置したのも、こうした認識に基づくものであった。
「総合海法」という把握をした場合、これは現代の各法分野の中に広く入り込んでいるが、残念ながらほとんどがそれぞれのマイナー部門に甘んじている。海商法は商法の、海上保険法は保険法の、海上労働法は労働法の、海事国際私法は国際私法の、海事刑法は刑法の・・・というようなマイナー部門を構成する海法全体の力を結集するため、研究者・実務家有志とともに昨年10月にプロジェクト研究所としての海法研究所(早稲田大学総合研究機構)を設立した※。また、2009年度から社会人の修士課程講座として研究課題「国際海事問題の実務と法」を、早稲田大学大学院法学研究科の社会人入試制度を利用して開始するが、これも研究所メンバーが講座責任者となっている。先ごろ入学試験があり、企業内実務家、弁護士など10名を超える合格者が発表された。初年度で周知期間も短く、どれほどの応募者があるかと心配していたが、予想を上回る応募者があり、意を強くしている。高い期待に応えられるよう、大いに努力をしていきたい。

4.おわりに

海法研究所は、9月27日、28日に「東アジア海法フォーラム」という国際会議を開催した。東アジア経済圏の重要性がますます高まる中で、研究者・実務家の垣根を取り除いて、まずは日中韓3国でのこの領域の国際交流を図っていこうという企画である。「総合海法の祭典」と銘を打ち、中国、韓国そしてわが国の代表的な研究者・実務家の講演、討論を行ったが、幸いにも好評を博することができた。また、うれしいことに中国のゲストからは、来年に第2回のフォーラムを中国で開催することが宣言された。おそらく第3回は韓国での開催になるであろう。海法研究所は、このように総合海法の研究・教育・国際交流を事業計画における3つの柱に据え、当面は既存のインフラを最大限に利用しながら、わが国にふさわしい研究・教育の拠点形成に向けて着実に取り組んでいきたいと考えている。(了)

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