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オーシャンニュースレター

第187号(2008.05.20発行)

第187号(2008.05.20 発行)

ヨーロッパ運河クルーズの楽しみ

[KEYWORDS] 運河クルーズ/カナル・ドゥ・ミディ/世界遺産
「運河の旅人クラブ」主宰◆田中憲一

ヨーロッパ大陸にはおよそ5万キロの運河網が広がる。
ライン、ローヌ、ドナウなど七つの大河は、17世紀以降、人工の水路によって繋がれ、町と町は運河によるネットワークで結ばれてきた。
今、その運河を船で旅するクルーズが人気となっている。
水の上に視点を置いて、新しいヨーロッパを再発見する旅は、何にも代え難い喜びである。

ヨーロッパ運河

ヨーロッパ大陸を網羅する5万キロの運河網は、自然の川を運河化した部分と、人間が掘った人工の水路(運河)に分類することができる。ヨーロッパを流れるライン、ローヌ、ドナウなど七つの大河を、17世紀以降、人工の水路で繋いだ結果、運河ネットワークが発展し、物流に貢献してきたのである。 その運河を船で旅し、水の上に視点を置いて、新しいヨーロッパを再発見する喜びは、運河の旅に人々が胸をときめかせる最大の要素と言えるだろう。
運河を旅するにはどのようにすれば良いのだろうか? ヨーロッパにはチャーターボートという便利なシステムがあって、日本から行けば直ぐさま船を借り出して、運河の旅が始められるのである。チャーターボートには、運河航行のために造られた専用ボートがあり、長さ6メートルから15メートル、幅3~4メートル、運河の頭上障害物をクリアできる水面からの高さと、少々の浅瀬でも航行できる平らな船底をもつ船である。この船にはベッド、シャワーなどの宿泊設備やキッチン、サロンなどの生活設備が完備し、船内で生活しながら運河の旅が楽しめる。なかなか魅力的な船旅なのである。
運河の旅で最も人気のあるのが南仏、カナル・ドゥ・ミディ(ミディ運河)である。ユネスコ世界文化遺産にも登録されたこの運河は、地中海と大西洋を運河で結ぶ壮大なプロジェクトであり、ベジエ出身の技術者、ピエール・ポール・リケーの献身的努力によって1681年に完成した。以来300年以上もほとんど当時のまま運用され、現在では現存するフランス最古の運河として、聖地のように崇められている。燦々と輝く陽光の下、プラタナスの並木に囲まれたこの運河は、フランスの船旅でも群を抜いて輝ける存在である。
私が主宰する「運河の旅人クラブ」※1で、あこがれの南フランス「運河の旅人塾」を開催!などと案内すると、毎年多くの運河ファンが楽しそうに南仏に舞い降りる。すでに私自身は、カナル・ドゥ・ミディもそれに続くガロンヌ運河も、1988年にわがヨット〈ドリーマー号〉で走破済みだが、チャーターボートでフランスの船旅、それもミディとあっては何度行っても退屈しない。

船の操船

ロック越えは運河旅行最大の楽しみ。船が分水嶺まで上れるのはロックのお陰である。(著者撮影)
ロック越えは運河旅行最大の楽しみ。船が分水嶺まで上れるのはロックのお陰である。(著者撮影)

「運河の旅人塾」とは、運河クルーズの実技を講習するもので、まずチャーターべースに辿り着く所から始まる。指定された船に日本から持ち込んだ荷物や、近くのスーパーで買い集めた食料や酒を船内に運び込むと、塾長たる私が出発前に船の取り扱い説明を始める。まず最後部のエンジンルームでエンジンオイル、スクリュー、バッテリー液の点検を毎朝出港前に行うよう指示する。次に船内、キッチンのガスコンロ、冷蔵庫、シャワーの説明と続き、それが終わるといよいよ操船方法をコーチする。この船の操縦席は最前部左側、操船には木製の大きなハンドル(操舵輪)とその左側にあるスロットルレバーだけでことが足りる。エンジンを掛け、スロットルレバーを前方に倒していけばギアが入り、スピードが出る。実に単純な方法である。
しかしこの運河の旅の難易度はかなり高い。それは独特の楕円形のロック(水門)※2の形状と、ロックの17世紀的水流の早さ、更には多くの連続ロックの存在、その上、時として吹き荒れる西地中海地方独特の季節風"トレモンターナ"だ。運河の旅を開始早々最初のロックに差し掛かると、そのうちの3つが手ぐすね引いてわれわれを待っているのである。長さ30メートルもある楕円形の壁に12メートル近い船体を着けるのは結構大変で、いきなり手に汗握る繰船である。ロックの水位差は普通3メートルもある。強烈な水流に耐えて、船がやっとロックを上ると、塾生たちの表情も緊張から安堵へと変わる。
ロックを離れ真っ直ぐな水路となれば、スロットルレバーを倒してスピードを上げるが、船は次第に蛇行を始め、とても真っ直ぐ走らない。これは舵の位置と操縦席があまりにも離れすぎているためだ! と頭の中で判っていても、まだ自分たちのカラダが船に慣れていないので、思うようにうまく舵が切れないのだ。これは明日への宿題となる。

運河の旅

1日目の船旅を適当な土手に停泊して打ち切る。上陸後探検に行くと、運河沿いの一軒家から灯りが漏れ、人々の話し声が聞こえる。窓から中を覗くと紛れもないレストラン。たちまち参加者たちの顔が輝く。彼らは普段と違う食事に期待し、日常の家事から解放されるのを期待し、私は酒が飲めるのを期待して中に入る。郷土料理のカスレ※3、パスティス※4にラングドック地方のワイン、運河の旅の夜のお楽しみである。
2日以降になると、全員操縦にも慣れ、蛇行する船を何とかうまく走らせるようになる。ロックの上りも手慣れたもので、参加者たちはロック扉の開閉ハンドル操作を喜んでやっている。それにしてもこの運河のロックは単独のものは珍しく、2連続、3連続は当たり前、4連続と7連続が各1カ所あるというのだから驚くほかない。運河の全長240キロの間に65のロックがあるが、実際には倍近く上り下りしているはずである。そんな操船のひととき、ふと見上げると、プラタナスの並木に囲まれて、木漏れ日が水面に影を映し、地中海独特の真っ青な青空が広がり始める。これでなくては南フランスの船旅とは言えない。何隻ものヨットとすれ違い、ときおり行き交う他のチャーターボートに手を振りながら、時速8キロで進む船での運河の旅である。
出港の日からちょうど1週間目の同じ曜日の朝、船はチャーターべースに無事到着し、カナル・ドゥ・ミディでの「運河の旅人塾」はようやく終わりを告げる。
世界遺産の運河の船旅で、ヨーロッパの歴史と郷土を満喫できるのは間違いない。
運河はあなたを待っている。(了)

※1 ヨーロッパ運河を1万キロ以上旅した「運河の旅人」HP
※2 ロック(水門、閘門)=高低差のある地形を通過するための階段状のダム。ロックを開けて船を入れ、ロックを閉じ水位を進行方向にあわせてから、ロックを開け船を送り出す仕組み。
※3 カスレ(仏:cassoulet)はフランス南西部の豆料理
※4 パスティス:アニス風味のリキュール

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