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オーシャンニューズレター

第150号(2006.11.05発行)

第150号(2006.11.05 発行)

海底資源開発で世界をリードしよう

東京大学大学院工学系研究科地球システム工学専攻教授◆玉木賢策

日本の経済水域と大陸棚延伸可能域内は、
コバルトリッチクラスト、熱水性鉱床、メタンハイドレートに関しては、世界トップクラスの賦存量を有する。
自国の主権の及ぶ海底領域内の資源を無駄にしないためにも、
また将来の世界の海底資源を対象にした資源自主開発を実現するためにも、
海底資源開発技術を常に世界の最先端に維持する努力と投資がかかせないであろう。

はじめに

ここでいう海底資源とは、海底のエネルギー・金属鉱物資源のことである。エネルギー資源には、石油、天然ガス、メタンハイドレートの3種類があり、金属鉱物資源にも、マンガン団塊、コバルトリッチクラスト、熱水性鉱床の3種類がある。これら海底資源のうち、実際に採掘生産されているのは、石油、天然ガス資源のみである。近い将来の採掘生産を視野に探査開発研究が進められているのが、メタンハイドレート、熱水性鉱床である。その他のマンガン団塊、コバルトリッチクラストは、1980年から2000年にかけて採掘生産をめざし活発な探査開発研究が各国により進められたが、陸上金属鉱床開発の進展と、海底資源の存在する水深が深いことから、資源の賦存状況の探査は進んでいるが、採掘生産には展望が見いだせていないのが現状である。

日本の海底資源

日本は自国のEEZと大陸棚延伸可能域内にすべての種類の海底資源を有し、中でも、メタンハイドレート、熱水性鉱床、コバルトリッチクラストに関しては、世界のトップクラスの賦存量※1を持つと推定される(図参照)。海底石油資源に関しては、残念ながらかなり乏しいが、天然ガス資源は、東シナ海大陸棚をはじめ日本周辺の大陸棚に商業生産可能な賦存量が知られ、ある程度は恵まれている。CO2排出量が石油より少ない天然ガスは、地球温暖化対策に合致した重要資源であり、多量でなくとも自国EEZ内で海底天然ガスの開発生産が行えることは、資源自主開発技術の維持にとって重要である。熟成に地質学的時間を要する石油鉱床は、安定した大陸縁辺部(非活動的大陸縁辺域)に形成されるものであり、活動的大陸縁辺域の代表格である日本は恵まれない宿命にある。しかし、その一方で他の海底資源の形成条件に恵まれる。

■日本周辺の海底資源
日本列島の200海里排他的経済水域(実線)と海底資源分布域
(コバルトリッチクラストは分布域内の海山斜面に分布する)。

活動的大陸縁辺域では、海側のプレートが陸側のプレートに衝突しその下にもぐりこむことによって、活発な地殻変動、火山活動を陸側のプレートにもたらす。メタンハイドレート、熱水性鉱床は、このようなプレートの相互作用の結果、日本周辺海域に形成されたものである。メタンハイドレートは西南日本沖の南海トラフが世界有数の富鉱帯として知られている。南海トラフは、プレート運動によって東海地震を引き起こすと懸念されているが、そのプレート運動によって、プレート上にたまった有機物に富んだ堆積物が次々と陸側斜面に集積し、有機物から発生したメタンガスがメタンハイドレート層を南海トラフ斜面域全域に形成している。メタンハイドレート層は、海底下300m前後の温度圧力条件下でCO2とメタンガスが合体してシャーベット状に固結して層をなし、さらにその下にメタンガスをトラップしたものである。石油、天然ガスと異なって井戸を掘っても自噴しないので、斬新な採掘技術の開発が必要とされている。

熱水性鉱床は、正確には、熱水性金属硫化物鉱床といい、海底火山活動にともない形成される。海水が地殻中の断層にそって流入、地殻内を活発に循環し、数百度の熱水となって火山岩中の各種金属成分を溶かし込み、海底への噴出口周辺に多量の金属硫化物を堆積させ鉱床を形成するものである。日本のEEZ内には、沖縄トラフと硫黄島海嶺の火山列島に世界最大級の熱水性鉱床が複数発見されている。佐渡金山をはじめ、すでに閉山した日本の陸上の金属鉱山の多くは、過去の地質時代に同様のプロセスで形成されたものである。

コバルトリッチクラストは、深海の海山中腹部の山麓に数千万年という時を経て海水から沈積し、コバルト、銅、白金などの有用鉱物を含む厚さ10cm~20cmの固結した堆積物である。日本の小笠原諸島東方および南鳥島周辺の太平洋の海底は約1億5千万年前に形成され、地球上で最も古い大洋底であると同時に地球上最大の海山密集帯となっている。これらの海山は、約1億5千万年前にはるか南東太平洋で起こった激しいマントル活動によって生じた無数の海底火山が、太平洋のプレートに乗ってコバルトリッチクラストを沈積させながら日本近海に移動してきたものである。このような大規模な火山活動は数億年に一度しか起こらないので、日本のコバルトリッチクラスト資源は、まさに神の恵みと言うことができる。日本は、西太平洋の諸島を領有する米国と並んで、コバルトリッチクラストの賦存量は世界のトップクラスにあると推定される。国連海洋法に基づく大陸棚延伸が実現すれば、その賦存量はさらに増加する。一方、同様に長い地質学的時間をかけて深海底に沈積したマンガン団塊は、どの国の経済水域からも離れた大洋中央部の公海に富鉱帯があり、国連海洋法批准国に公平に開発の権利が与えられるかたちになっている。

海底資源大国日本の進むべき道

以上に述べてきたように、地震活動、火山活動に関し世界有数の多発地帯である日本は、そのプレート運動のおかげで、メタンハイドレート、熱水性鉱床、コバルトリッチクラストに関して、世界トップクラスの賦存量を有し、まさしく海底資源大国と呼ぶにふさわしい状況である。しかしこれらの資源はいずれも、まだ採掘生産を行えるまで探査開発研究が進んでいない。これらの資源を経済的に有効活用するには、高い技術力が要請され、その技術開発にはまだまだ投資が必要とされている。メタンハイドレート関しては、エネルギー資源枯渇国日本の希望を託して経産省主導のMH21計画※2が立ち上げられ、2016年の採掘生産開始を目指し探査開発研究が精力的に進められており、その技術開発レベルは世界の注目を集めている。コバルトリッチクラストの開発研究に関しては、これまで、中国、韓国、ドイツ、米国と並んで、世界のトップクラスを形成してきたが、最近は、中国の突出した探査開発研究に遅れをとっている状態である。熱水性鉱床の探査開発研究に関しては、現在、カナダ、ニュージーランド、ドイツ、英国、オーストラリアに明らかな遅れをとっている。熱水性鉱床は1,000m未満の水深に賦存することが多く、他の資源に比べ採掘しやすいため、現在、カナダ、豪州の合弁会社が南太平洋で近々の商業生産を目指し、活発な探査開発を行っている。コバルトリッチクラスト、マンガン団塊、熱水性鉱床の採掘に関しては、海底環境・深海生態系の保全に留意した国際鉱業規則の作成も国際海底機構※3を中心に進み、これら資源の採掘開発への準備も整ってきている。

海底資源開発は陸上資源開発に比べ未知数の部分が多くリスクも大きいが、日本は、自国EEZと大陸棚延伸可能域内の恵まれた資源を無駄にしないためにも、また将来、全世界の海底資源を視野に入れた資源自主開発を実現するためにも、海底資源探査開発技術において常に世界をリードする努力と投資をおしむべきではないであろう。(了)


※1 賦存量=存在する資源量を理論的に算出した値で、利活用のための制約条件を考慮しない値。
※2 MH21計画=「未来のエネルギー資源メタンハイドレート開発技術研究プロジェクト」
  メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム http://www.mh21japan.gr.jp/japanese/index.html
※3 国際海底機構=ISA(International Seabed Authority)
http://www.isa.org.jm/en/default.htm(英語版)
  なお、同機構の概要については
http://www.mofa-irc.go.jp/link/kikan_info/isa.htm(外務省日本語版)に詳しい。

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