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オーシャンニューズレター

第141号(2006.06.20発行)

第141号(2006.06.20 発行)

アマモ場からひろがる多様な環境学習

特定非営利活動法人日本国際湿地保全連合顧問◆相生啓子

戦後の高度経済成長に連動して、内湾では埋め立てが進み、多くのアマモ場が衰退、消滅した。
アマモ場生態系における生物群集の多様性、アマモとヒトとの関係性をとり戻すための努力が必要である。
持続可能な沿岸環境利用を実施するにあたり、人々の目線を海中に向けることが一番の近道である。
海の自然観察が環境教育における多様な学習効果を生むばかりでなく、
沿岸環境保全への指針を手に入れることができる。

アマモ場の変遷

アマモ場の消滅は、東京オリンピックを契機に日本が高度経済成長を遂げたことと連動していた。全国規模の藻場の分布と面積に関する調査では、環境庁が実施した自然環境保全基礎調査(1978年および1991年)がある。この調査結果から、アマモ場の消滅の主な原因が埋め立てによることが判明した。瀬戸内海では、1978年には1960年の約72%のアマモ場が消失した(水産庁南西海区水産研究所の調査)。岡山県水島地区の例でも、干潟とアマモ場の面積は1千数百ヘクタールあったと推定されるが、製鉄や石油コンビナートのための埋め立て地となっている。

2002年の自然再生推進法の成立により、沿岸環境再生の一端としてアマモ場造成やアマモ場回復が試みられているが、かつてのアマモ場復活にはほど遠い。都市部の内湾沿岸域は、どこも同じように工業用地として埋め立てられ、埋め立て地の外縁は、直線的な垂直護岸となっている。河口干潟からアマモ場に移行する連続的な生態系は消滅して、潮流と波浪がぶつかる危険な地形となっているため、市民が海に親しむことも不可能になってしまった。沿岸漁業も消滅し、人々の海に対する関心も薄れてしまった。

DNA解析により淡水水草のヒルムシロ科と海草のアマモ科グループは1億年前に分岐し、3千数百年前にアマモ科が盛んに種分化したと推定されている。日本列島周辺の多様な環境条件がアマモ科の多様性を促進したと考えられる。新種のアマモが生まれるのに数百万年かかるため、短期間の環境変化には適応できないことが解る。戦後の数十年間の沿岸開発による環境変化によってアマモは致命的な状況になっている。地域レベルの沿岸環境の悪化に加え、温暖化など地球レベルの環境変化により絶滅の危機にさらされている。アマモに限らず、現在起きている生物の大量絶滅は、過去の地球上に起こった絶滅とは異なり、非常に短期間に起きている絶滅である。海洋生物については、基礎的な知見が限られているためさらに深刻である。

アマモとヒトの関係性

サラダなどの食材として大変なじみ深いヒジキ、ワカメのような海藻に比べ、アマモのような海草(うみくさ)は、一般にはなじみがない海洋植物である。陸上で生活していた海草の祖先が、淡水の水草として水中生活に適応し、やがて海に進出し、草原のような群落を形成するようになった。動物に例えるならば、鯨、イルカ、アザラシのように海に進出した、もともとは陸上の種子植物であるといえば、少しは興味をもってくれるようだ。

1960年代まで、日本列島のどこの内湾にも、草原のようなアマモ場がみられ、アマモは打ちあげられたイネのような長い葉から「竜宮の乙姫の元結いの切りはずし」という長い呼び名で呼ばれていた。中海や浜名湖では、沿岸住民により採草と堆肥作成、堆肥利用されていた。1960年代以後、農業基本法策定による化学肥料と農薬の使用により地域生態系が大きく変化したことは周知のとおりである。ヒトとアマモの共存関係は以前とはずいぶん変わったが、いまも存在する。周辺景観がいいことから、漁業、観光、レジャーなど、人々が多様に利用している浜名湖では、環境教育のための多様な教材をアマモから提供してもらうこともできる。

海中自然観察からひろがる多様な教育効果

南伊豆海洋生物研究会では、1989年から国立公園に指定されている南伊豆・中木(なかぎ)地区でスノーケリングによる海中自然観察教室を実施してきた。アラメ、カジメ、ホンダワラの藻場、サンゴ群落、岩礁に群れる熱帯の死滅回遊魚など多様な海中景観を有する絶好の立地条件を備えている。イセエビの刺し網、潜水漁業もあり、漁師の先生からアオリイカの解剖実験を学んだり、中木(なかぎ)ガイドブックを作成したり、これまで無事故で自然観察を楽しむことができたのは、漁協をはじめ地元の理解と協力なしには不可能である。

磯の生物観察をする子供たち(南伊豆・逢うが浜)

一般社会人向けの海中自然観察教室での経験をもとに、小・中学生を対象にした海の体験教室も実施した。休暇村南伊豆を拠点に、逢うが浜(おうがはま)、盥岬(たらいみさき)で行った。子供たちを対象にした場合、安全および生活面での指導も含まれるため、講師たちは心身ともに疲れることは事実であるが、教育上の効果は高い。親元を離れ、最初は興奮気味の子供たちは、初めて見る海中景観、初めて触れる奇妙な生きものや、夕食後の海藻おしばやマリンクラフトの作成、底生生物、魚、イルカや鯨などの哺乳類とヒトとの違いと類似点を学びながら、教室の終わりを迎える。その頃には、子供たちはずいぶんと変わっている。子供たちの日記や感想文からも、彼らの心に何らかの変化が起きていることが実感できる。登校拒否の中学3年生の女の子が、その後、自分からフリースクール※に通うようになったという例もある。

浜名湖で実施したアマモ場の自然観察は、中木のようなダイナミックな自然体験というわけにはいかないが、4月から5月の開花期にあわせて実施すると、糸状のアマモの花粉を顕微鏡で観察、ワレカラやヨコエビ、稚魚の群れなど多様な生物群集を観察できる。

既存の施設とネットワーク

三方マリンパーク・福井県海浜自然センターの研修会風景

福井県の若狭湾国定公園には、ラムサール条約の重要湿地として指定されたばかりの三方五湖がある。リアス式海岸には自然公園法により海中公園として指定された海面があり、三方マリンパークの福井県海浜自然センター(http://www.fcnc.jp/)では毎年スノーケリング教室を実施している。ウエットスーツ、フィン、マスク、スノーケルも備えられていて、県外からの参加者も増えている。ボランテイアの講師とガイド養成のための研修会も充実してきた。南伊豆海洋生物研究会もこの研修会に協力し、同時に会員からも研修会参加者を募り、太平洋側の中木とは異なる日本海の海中景観と生物観察を体験することができた。昨夏には日本海側では初記録となるスゲアマモ群落を発見することができた。

残念ながら東京周辺には、福井県海浜自然センターのような施設が皆無である。日本列島の各地や国立公園に、このような施設があれば、日本海側と太平洋側の施設を拠点にした交流を通じ、海中自然観察ガイドや講師の養成だけでなく、周辺海域の生物をモニタリングすることができる。環境変化を継続的に調査することにより研究者との連携も必要になってくるであろう。(了)

※ フリースクール=Free School、教科の選択などに生徒の自主性を重視する学習法を行い、従来の学校のような管理や評価などを行わない教育施設。

●特定非営利活動法人日本国際湿地保全連合 ホームページ=http://www.wi-japan.com/ TEL=03-5614-2150(担当:松本里子)

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