COCONUTS通信 No.17





土方久功著作「流木」の英訳出版に向けて

土方久功著作集英文出版を終えてみて、あらためて彼の残した民俗史研究の現代的意義に驚かされることが多い。特に今回の「流木」は、南太平洋で営々と引き継がれてきた、流木にまつわる伝統的漁法が、如何に島民の生活と密着しているか、また、その共同漁業が、いま流行のエコ・システム、サステイナブル・エコノミーといった概念を先取りしているか、ただただ土方の洞察力に驚かされるのである。

土方著作集出版に寄せて、彼の思い出を綴った土方敬子夫人はその重要性を次のように述べている。

島の一年間の生活を記録した日記を一冊の本にまとめて出版したとき「流木」と題名をつけた。「流木」という題は分かりにくくて損だと云われたが、彼はこの名にこだわって変えなかった・・・・それほど流木は島民の生活と密着していて、彼には忘れられないものであったに違いない。

なおも続く。大漁踊り紹介の個所だが今だにその記述は臨場感に満ちみちている。

 メロオウエヌ オオ (流木魚だ)
 メロオウエヌ オオ (流木魚だ)

こう叫び乍ら島中が沸き返り、興奮して駆けたり、飛び上がったりしている。向こうの方に流木が流れているのを島民たちが見つけたのだ。それはかなり遠いものであったが島民たちは沸き返った。流木にはいろいろの魚がたくさんついている事が多いので、流木をみつけると島中が興奮する。

土方の英文版の出版を契機に日本の最南端に位置する小さな島、伊良部島を訪ねた。琉球と一言で片づけられてしまうこの地域の島々を地図で追っていくと、奄美大島、沖縄、西南諸島と呼ばれる小さな島々を経て、台湾につながる。その台湾に到達する 一歩手前が先島諸島である。名前の通り、日本の中心部から一番遠い島という意味で ある。その中に伊良部島がある。宮古島の隣に位置し、人口7400、島の産業は、第一次産業と建設業が中心となっている。車で一時間もあれば一周できる程度の小さな島である。いま、この島で、土方が魅了されてやまなかったサタワル島での流木漁がハイテックを駆使して定着しているのである。土方が詳細を観察、記録に残してから半世紀経った今、流木漁法は伊良部島の産業システムを抜本的に変える衝撃を与えているのである。彼の洞察力が卓越している事の証明でもあり、彼の著作が現代においても普遍性を持つ証明でもある。

何故、この島に定着したか、疑問に思う向きも多いだろう。正直申し上げて伊良部の漁民で土方を知る人はいない。いわんや縁戚などいるはずもない。年々薄れゆく記憶を辿っていくと、時代は1973年に遡る。当時、私は日本政府の末端の仕事を請け負い、オーストラリアに駐在していたのだが、何としても太平洋戦争で日米の雌雄を決したガダルカナルでの戦場後を訪ね、できれば旧日本海軍の船がごろごろと沈んでいるサボ海峡近くでのダイビングを楽しみたいとの思いやみがたく、クリスマス休暇を利用餓島の首都ホニアラに飛んだ。眼にも鮮やかな、真赤な花を咲かせたブーゲンビリアの街路樹が、何故か沖縄のデイゴの花を連想させたのを憶えている。 奇遇であろうが、この街で何人もの日本人漁師に遭遇することとなった。沖縄から来たと自己紹介したが、こちらの絶え間ない質問責めもあってか、最後には自分達の出身地が沖縄よりずっと南に下った伊良部島であると語ってくれたのだった。といってもどこにあるか皆目知るはずもなく、島の名前もすっかり忘れ去ってしまっていたのだが、この土方の「流木」翻訳を知るに及んでとっさに思いだしたのである。カダルカナルはイギリスの信託下にあったが、この地に大洋漁業が大規模な鰹節工場を建設、かつ鰹の一本釣り船団を船員と共に送り込んでいたのだった。工場は、隣のマレイタ島にあったが、これが縁で2週間近い間、工場に潜り込んで彼らの生活ぶり を見直に観察することが出来た。訪ねた時点でも既に400人を超える伊良部の漁民が来ていた。その後事業は増大の一途を辿り、ピーク時の78年には700人近い伊良部の島民がこの地で鰹を追いかけたのである。彼らは日本古来からの一本釣りで操業していたが、やがて現地の島民が流木に集まる 鰹やきはだマグロの習性を利用した漁法に注目するのにさして時間はかからなかった。 やがて、彼らは任期を終えて、伊良部島に戻る。そこでは鰹漁は旧態依然として季節的なものであった。黒潮に乗ってやってくる6月から10月までがピークで、後は季節労働や雑魚とりに従事するしか生活の糧はなかった。ガダルカナルから帰ってきた連中が、例の流木漁法を試験的に導入することを提案した。ひょっとすると、鰹が流木につき、周年その地域を回遊する可能性があるのではないか、と。

長い試行錯誤の苦労はなしを詳細記録するには、もう一人の土方が必要であろうが、今や製造費一億円を超える人工流木(フィリッピン漁民が流木漁のことを現地語で パヤオ(pallao)と呼んでいたため、日本でもそう呼ばれている)が、今や14基も沿岸部に設置され、まさに島の経済基盤を確実なものとさせ、かつ通年操業を通じて安定的雇用を可能としたのである。時に品薄時期の冬場には浜値キロ700円から800円で取り引きされ、島の所得水準を豊かなものにしている。パヤオが定着して以来、島の沿岸漁業に従事する人の数が安定した。これは雇用だけでなく、水揚げ量についてさえ、ある程度の予測が可能となったことを意味している。自然環境に優しく、かつ資源の乱獲を防ぐサステイナブルなシステムに最も適合した漁法といってもいい。日本各地で漁業 離れが著しい。その中にあって、これは、革命的な出来事といっていいだろう。ちなみに、パヤオがこの島に与えた経済的インパクトを理解するうえで、いくつかの数字を挙げておく。 先人の知恵をもう一度、見直すことが今の日本にとって重要であり、その意味で今回の出版企画には自負がある。


(笹川島嶼国基金運営委員 堀 武昭)





太平洋島嶼地域の日本語教育の進展に向けて―
 南太平洋大学日本語講座設置事業評価報告書

 執筆者・社団法人国際日本語普及協会
     理事長 西尾珪子
    ・国際キリスト教大学
     教授 カッケンブッシュ知念寛子

1993年から島嶼国基金はフィジー共和国の首都スヴァに本校を置く南太平洋大学が行う「日本語講座設置事業」を5ヵ年計画で支援しています。同事業の4年目に当たる平成8年度に基金の自主事業として同事業の評価作業を行いました。この度その報告書ができあがりましたのでご案内します。 日本語教育が世界的に普及する中、特にアジア太平洋地域でその中央に位置する太平洋島嶼国における日本語教育について本格的に調査研究されたのは初めてのことのようです。今回の調査は南太平洋大学の日本語講座が主な対象ですが、現在行われている海外協力青年隊やOISCAなどのNGOの日本語教育活動など幅広く太平洋島嶼地域の現状を網羅した内容になっています。さらに、南太平洋大学が30年近く実施している情報通信ネットワークを利用した遠隔教育システムについても詳しく記述されています。 同報告書に関心のある方は笹川島嶼国基金事務局までご連絡ください。

さて、同評価事業の担当者として評価者探しは数年前から頭を悩ませていたことです。というのも、太平洋島嶼地域の固有性、特異性に関するある程度の認識を持たれた日本語教育の専門家というのはそれほど多く存在しないだろうと想像していたからです。これに関しては事業実施者である南太平洋大学の関係者と数年前に評価作業について協議した際にも、「すべてが小規模で島が隔絶されている同地域を他の地域の物差しで計られたら困る。せめて途上国での日本語教育の知識がある人にして欲しい」との強い希望が出されていたことでもあります。

関係者の紹介で何人かに連絡してみましたが、長期出張中でいらっしゃらなっかたりしてなかなか評価者は見つかりませんでした。困り果てたそのとき、ふと思いついたのがパソコン通信で問い合わせて見るということでした。以前からAPICNETというネットに日本語教育の情報をアップしている方にメールを出したところ、早速候補者がいるということでお会いすることになりました。 「私たちでよろしいでしょうか?」と言って現れたのが社団法人国際日本語普及協会理事長、西尾氏と国際キリスト教大学教授、カッケンブッシュ氏でした。お二人はいわば日本語教育の重鎮的存在。とはいえ、上記の条件を満たしていなければ、と背景をお伺いしたところ、西尾氏はミクロネシア地域の日本語教育調査を手がけ同地域との交流事業にも参加経験があり、カッケンブッシュ教授はミクロネシアのヤップ島になんと5年間在住した経験のある方だったのです。 海外調査の際はアレンジをさせていただき現地をいっしょに回らせていただきました。私自身、日本語教育に関して素人ですが、お二人の現場の調査方法等を目の前で見させていただき大変勉強になりました。また、海外出張中は環境が大きく変わり、さらに長旅のこともあり心と体の健康は常に注意しなければなりません。私はこれも仕事の能力の一つと考えていますが、出張中のお二人の元気なことと精神的に非常にタフなこと、さらに感動したのは真剣な中にもユーモアのセンスを忘れない余裕があったことです。お二人とも私の母親の世代でいらっしゃいますが、この世代で社会的地位を築き今なお現役でいっらしゃることも同じ女性として励まされました。

詳しい調査内容は報告書をご覧になっていただきたいのですが、全体を通して21世紀へ向けての太平洋島嶼国の発展と日本の援助の在り方を視野に置いた内容となっています。

最後にこの場をお借りしましてお二人のご協力に感謝致します。

(笹川島嶼国基金 事務局 早川)


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