COCONUTS通信 No.19

TTPFとは?(Teaching The Pacific Forum/太平洋教育フォーラム)
笹川島嶼国基金では1995年からオーストラリアのニューサウスウェルズ大学が実施する「太平洋教育フォーラム」事業を5年間の予定で支援しています。事業を実際に進めるのは同大学の南太平洋研究センターに所属するGrant McCall教授とQueensland University of TechnologyのMax Quanch教授です。彼等は若いころから太平洋島嶼国の教育現場に関わってきた人達であり、太平洋歴史協会の設立にも貢献し、学術研究だけでなく行動を起こすことを重要視しています。
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| ▲1995年11月 ソロモン諸島ホニアラでのTTPF事業計画会議 | |
太平洋島嶼国で現在使われている社会科の教科書は、ニュージーランドやオーストラリアで使っているものをそのまま使用していたり、地元で作成されたものでも、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの専門家が手掛けたものが多いのが現状です。「太平洋教育フォーラム」事業は同地域の地理、政治、環境、文化、歴史など全ての社会学、社会科学を含む内容の教科書を島の高校教師が自ら作成しようとするものです。過去にUNESCO, ニュージーランド政府、太平洋歴史協会の支援を受けオークランド(1986)、ヌクアロファ(1989)、ポートヴィラ(1992)、タラワ(1994)と同じ目的の会議を開催したようですが、具体的な活動に結び付かなかった経緯があります。
支援にあたって、島嶼国基金は島嶼国のインシャティブを尊重することを基本的姿勢としており、こういった事業をオーストラリア主導で始めるのはどうであろうか、という疑問も持っていました。そこで1995年の初年度は太平洋島嶼国の高校教師達がソロモン諸島に集まり、同事業を実施してよいかどうかも検討事項に含めた事業計画会議を開催することとなりました。島嶼国基金では国内のオセアニア研究者2名に同会議に出席してもらい、事前評価をお願いしました。法政大学山本真鳥教授と宇都宮大学柄木田康之教授ががそれぞれ、同事業に関し、Newsletter文化人類学、オセアニア学会Newsletterに執筆されましたので、お二人の許可を得て今回転載させていただきました。
今年7月フィジーの南太平洋大学で同事業のワークショップが開催され、視察してきました。各国の遺跡を活用した野外授業の紹介など各島から集まった教師たちは積極的に発表を行っていました。また、同じ場所で開催されていたUNESCOの「世界遺産会議」にも飛び入り参加をし、シガトカの砂丘にある遺跡発掘現場を訪ねて、フィールドスタディもしました。
この2年間ですでに数々の出版物が作成されていますが、来年度には各島嶼国の高校教師が共同執筆者となり太平洋島嶼国全体をカバーする社会科教科書が南太平洋大学から出版されることになっています。さらに現在まで、西サモア、フィジー、クック諸島、ソロモン諸島、パプア・ニューギニア、トンガで社会科教師連盟が設立され、将来は太平洋島嶼国社会科教師連盟へとネットワークを発展させる計画です。
(SPINF事務局)

太平洋教育フォーラムに参加して
―法政大学教授 山本 真鳥―
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| | ▲1997年7月 フィジー、シガトカの遺跡発掘 現場を訪れたサモア、クック諸島の高校教師 |
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太平洋教育フォーラムに参加を求められ、11月の末に急遽ソロモン諸島のホニアラに飛ぶことになった。
オセアニア地域は最も独立が遅れ、極小国家が70年代に雨後の筍のごとくに独立した地域である。パプア・ニューギニアだけは人口約400万を擁するが、それ以外はフィジーでも人口74万、ソロモン諸島が35万人、その他それ以下の人口が続く。独立しても本来の独立の姿からはほど遠い状態が続いている。
この状態は教育にも如実に現われていて、カリキュラム編成も人材の養成も一国ではなかなかまかなえない。私の知っている西サモアでも、小学校まではサモア語で教えるが、教科書すら整備が遅れている。とくに国語を含め目下カリキュラム整備の最中である。中学以上は、外国の教科書(具体的には旧宗主国であるニュージーランドの教科書)を使わざるを得ないために、英語の実力が結局教科の実力となってしまう。そのことは子どもたちの知識に奇妙な歪みを生ずる。地理の教科書にニュージーランドのものを使っているために、子どもたちは自分の国のことよりもニュージーランドのことの方を知っている一方で、隣国のトンガのことはほとんど知らない。
この企画はかつてユネスコが教育の脱植民地化を掲げて着手したプロジェクトを継承するものであるが、会議の焦点は島嶼諸国で歴史教育をいかに行なうかという問題を具体的に考えるために、大臣レベルの参加者を抱える政策会議ではなく、教育の専門家たち、つまり教育庁のカリキュラム編成担当者たちや、高等教育現場での教員に参加を求め、具体的な歴史教育を考えカリキュラム編成を進める場として設けられたものであった。
コーディネーターはクイーンスランド工科大学のマックス・クアンチ氏(歴史学者)とニュー・サウスウェールズ大学のグラント・マッコール氏(人類学者)で、その他歴史教育のプロとしてブライアン・ホッパー氏、歴史学者のクライヴ・ムーア氏等の参加があった。現地のソロモン諸島では社会科教育に携わる若手教員やミッショナリーが大勢、他の太平洋諸島からは、フィジー、ヴァヌアツ、ニューカレドニア、西サモア、トンガ、クック諸島、キリバス、ツバル、ナウル、ミクロネシア連邦、パラオ、マーシャルからの参加を見た。日本からは私の他に柄木田康之氏、それに笹川島嶼国基金の早川理恵子氏が参加した。
そもそも各国の歴史教育といっても、この地域の歴史研究のほとんどは海外の研究者の行なったもので、国家の正式な歴史的見解が存在するわけではない。日本では国家の歴史教育への介入が問題視されているが、各国政府は近代化に忙しく、社会科教育の意義すら軽視しがちであり、ここでは教材も含め無からの出発となる。ワークショップは、歴史教育の方法、実験授業、カリキュラム編成の実験、等の具体的なことが中心に進められていった。印象的だったのは、オーストラリアでもクイーンズランド州での歴史教育はかなり自由に行なわれていることである。過去の歴史の流れを詳細に教えるのではなく、ケース・スタディとして取り上げた特別な過去のできごとを、様々な史料を駆使しながら詳細に再現し考察する授業となっているのである。
この連なりで、19世紀のブラック・バーディング(メラネシア人の労働力徴集。半ば強制的に行なわれることもあった)を劇で再現しようとする実験授業が行なわれた。学生に役をあてて劇をする中で歴史を考えさせるのである。また、賛成・反対で教室を2グループに分け、ディベートさせる試みも行なわれた。ソロモン諸島の教員の中からは、学生に祖父母等にインタヴューをさせてオーラル・ヒストリーを採集する実験授業の成果が報告された。ソロモン諸島には20代の熱意ある若手教員が多数いて、「ソロモン諸島の社会変容」等の教科書作りにも積極的に取り組んでいる様がとても印象的であった。
翻って、我が国の歴史や地理の教科書を点検してみたが、オーストラリア、ニュージーランドを除くオセアニア地域に関する記述はきわめて少ない。太平洋戦争に関する記述はあってもアメリカと日本の戦いに触れているだけで、それがこの地域に住む人々にいかに甚大な結果をもたらしたかについて、日本の歴史教育が関心を示していないのはきわめて残念なことである。また、ミクロネシアを戦前に日本が委任統治領として領有していたことについても、ほとんど記述はない。こうしたことを修正するべく働きかけるのは民族学会やオセアニア学会の務めであるだろう。
(NEWSLETTER 文化人類学 NO.3 1996に掲載)

太平洋教育フォーラム・ホニアラ会議に参加して
―宇都宮大学教授 柄木田 康之―
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| | ▲1997年7月 フィジー、スバのUSPにて、 教科書出版のためのドラフト作成会議 |
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1995年11月27日(月)から12月1日(金)までソロモン諸島国、首都ホニアラの南太平洋大学センターで行われた太平洋教育フォーラム(Teaching The Pacific Forum, 以下TTPF)ホニアラ会議に参加する機会を得た。会議はGrant McCall氏(人類学・University of New South Wales)とMax Quanchi氏(歴史学・Queensland University of Technology)が共同コーディネーターとなり、太平洋島嶼国を代表するカリキュラム開発担当者・中等教育に携わる教師が中心に参加し、ワークショップ形式で開催された。日本からは法政大学の山本真鳥氏、笹川島嶼国基金の早川理恵子氏が、報告者とともに参加した。会議は太平洋島嶼国の教育担当者自身による教材・カリキュラム開発を目的として開催された。同時に歴史を地域の側から表象しようとする試みという点でも大変有意義深いものであった。翌年7月、TTPFはハワイ大学ヒロ・キャンパスでPacific History Association 定例会の1セッションしてワークショップをもった(Teaching the Pacific Forum 1996b)。また「UPDATE」と呼ばれるニューズレターや、今後のワークショップ計画に発展している。ここではホニアラのワークショップの概要を紹介したい。
太平洋の歴史・社会科教育では、教育の媒体となる言語が母語でなかったり、教育内容そのものが旧宗主国の地理や歴史であったりする。これを踏まえてワークショップは太平洋島嶼国側からみた教材や教育法の実践的開発を目指した。このため参加者は外国人宣教師を含めた地元ソロモンの高校教師を中心とし、クック諸島、ミクロネシア連邦、フィジー、キリバス、マーシャル諸島、ナウル、ニューカレドニア、パプアニューギニア、パラオ、トンガ、ツバル、バヌアツ、西サモアのカリキュラム開発・中等教育担当者を中心とした。また参加者の相談役としてClive Moore氏、(歴史学・Queensland University)、講師としてBryan Hoepper氏(歴史教育・Queensland University of Technology)が参加した。
ワークショップではキリバス共和国のAlaima Talu氏の基調講演「なぜ歴史は重要か?」、参加各国の歴史教育の事情報告に引き続いて、さまざまな活動がおこなわれた。そこには三つのテーマを見出すことができる。第一はワークショップ参加者による教材開発を直接目指したもの、第二はBryan Hoepper氏の歴史・地理を中心とする社会科教授法、第三は地元ソロモン諸島で行われている劇や口頭伝承を利用したかなり革新的な授業の紹介である。このほかにもマライタ島の女性コーラス、パン・フルート・バンドの演奏、ティコピアの歌と踊りや、地元の博物館等の見学などが組み込まれ、かなり盛りだくさんのスケジュールであった。そのため最終日には地元を中心に何人かのエスケープ組も見た。
第一のカリキュラム・教材開発能力については、歴史教育に関わる人材と教材の決定的な不足が参加各国からの報告すべてで触れられた。ワークショップの間ではオセアニアの居住・文化史に関する"Our Common Origin"と題するビデオ教材のシナリオを作成するセッション、授業計画の作成、太平洋島嶼国別歴史データシート計画、その他TTPF全体で開発すべき教材の立案に関するセッションが持たれた。TTPFでは1992年にポート・ヴィラで行われたワークショップの成果からOur History in Our Own Wordsという歴史教科書を刊行している(Passingham1995)。コーディネーターの一人Max Quanchi氏は個々の太平洋島嶼国では自らの教材を刊行する出版社を探すのは難しいが、島嶼国全体が一体となれば、独自の教材の刊行が可能であることを強調した。またこれらの共同行動のために太平洋島嶼国歴史教師協会(Pacific Islands History Teachers Association)の形成を提唱した。
第二のテーマは歴史・地理を中心とする社会科教授法に関するものである。ここでは、Hoepper氏が一方向的に歴史に対する見方を提示する講義形式を越えた授業の実践に関するセッションを担当した。氏の提唱する歴史教育は教科書と講義にもとづくものではない。写真、文書、詩、地図など資料の読み、資料の作者の意図の推定などを通して、生徒の歴史理解を生みだそうとするものである。したがって、複数の歴史理解は当然のこととされ、複数のグループに別れての議論、グループ間の議論などのさまざまな手法が紹介された。太平洋の歴史教育では、太平洋島嶼国側の視点からの教材の開発と同時に、歴史に対する複数の視点の存在を意識することが不可欠であろう。
第三のテーマはソロモン諸島国で行われている革新的社会科・歴史教育である。今回のワークショップでは、劇を利用した歴史教育、口頭伝承採取の実習、地元教師による歴史教科書の開発の諸事例が紹介された。劇を利用した歴史教育は、ソロモン諸島の歴史上でエポック・メーキングな出来事を劇にし、生徒がその登場人物を演じてみることで、出来事の意味を考えるという試みである。すでにサトウキビ栽培労働者のブラック・バーディング、キリスト教布教、マーシナ・ルールをテーマとしたシナリオが刊行されており(Craddock 1992, 1995: Ioane 1993)、ワークショップ参加者もその一端を演じて見た。
口頭伝承を利用した歴史教育では、生徒が祖父母等から、例えばある地域にミッションができた時の口頭伝承を収集し、小冊子を作る試みが紹介された。また生徒自身が口頭伝承採取の時に経験した困難などを自ら紹介した。
自らの歴史教科書の編集では「ソロモン諸島史の諸側面:起源とファースト・コンタクト」、「ソロモン諸島の社会変化」の作成過程が紹介された(Solomon Islands Curriculum Development Center, n.d.)。前者はWealth of the Solomonsの著者Judith Bennettとの協力で作成された教科書で、ソロモン諸島の移住史、西欧との接触が扱われている。今後も接触以降の歴史をあつかった教科書の刊行が計画されているという。一方後者の「ソロモン諸島の社会変化」はホグビンやファースの著作など、オセアニア研究者にも馴染みのある様々な資料の抜粋からなる教科書で、発行年を経ているため現物を手に入れられなかったが、大変興味深いものであった。
以上のようにTTPFホニアラ会議は大変盛りだくさんで、日本の大学で太平洋に関する授業を行うこともある報告者には大変啓発されることが多かった。TTPFからの報告書もすでに刊行されている(Teaching the Pacific Forum 1996a)。近年、人類学的研究の社会に対する意義に関連して、例えば開発への積極的関与が議論される。しかしTTPFホニアラ会議に参加して異文化間教育へ積極的にたずさわる重要性を改めて認識した。戦前の日本のミクロネシア統治の話にきょとんとする学生や、懐かしそうに回顧するだけの高齢者を作り出さないように、オセアニア学会も働きかける必要があろう。環太平洋の研究者が主導して、島嶼国側の歴史教育を再構築していくには慎重でなければならない側面があるが、歴史教育の再構築を通じて、太平洋の文化と歴史に関する複数の対話が継続することが望まれる。
<参考文献>
- Craddock, John S.M. 1992, Maasina Ruru: A Socio-Political Drama, Solomon Islands 1942-1950., Literacy Association of Solomon Islands.
- Craddock, John S.M. 1995, No Blood for Blood: The Story of the First Christian Mission in Solomon Islands, 1845-47., ST. Joseph's School Tenaru, Solomon Islands.
- Ioane, Patere S.M. 1993, Kanaka Marau: A Socio-Political Drama about the Economy of a Colony 1899-1902., ST. Joseph's School, Tenaru, Solomon Islands.
- Passingham, Steve 1995, Our History in Our Own Words., Teaching the Pacific Forum and the Pacific History Association.
- Solomon Islands Curriculam Development Center n.d., Aspect of Solomon Islands History: Origin and First Contact., Unit 1 and 2 Student's Book.
- Teaching the Pacific Forum 1996a, Report on the Honiara Workshop, A Pacific Island Regional Professional Development Program for History Teachers held at Honiara, Solomon Islands, 26th November to 1 Dec 1995. / 1996b, Teachers, Teaching and History, Papers from the TTPF Hilo Workshop 8-13 July 1996.
(日本オセアニア学会NEWSLETTER No.57 1997年2月20日に掲載)

アイランド ネッツ イン ザ ワールド イン 佐渡島
―島を語る会フォローアップ事業の報告―
国内での太平洋島嶼国理解を促進することを目的にSPINFが開催した「島を語る会」は昨年で終了しましたが、その中でさまざまなイニシヤテブが生まれ、自律的に活動を展開しています。佐渡島羽茂町のNGO、はもちみらい塾主催のアイランド ネッツ インザ ワールドもその一つです。この6月、同町のお祭りに合わせ、島嶼国からの在日留学生10名が1泊2日のホームステイも含めた交流事業に招待され、私も参加してきました。
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| ▲はもち祭に参加。お神輿出発万端 | |
はもち祭はこれで2回目だ。1回目のお祭には15名の在日アイランダーといっしょだった。去年11月に亡くなったトンガのタシさんもいっしょだった。お神輿行列の最後に、アイランダーのお神輿がつ いていく。ちゃんとプラカードも用意されていて「太平洋島嶼国」と書いてある。ハッピと豆しぼりも人数分用意していただいた。アイランダーも付き添い役で東京から来た安場さんも私もしっかり気分は盛り上がっている。
最初は、リズムが合わないお神輿かつぎも、地元の方の指導をうけて「ワッショイ、ワッショイ」と息があってきた。一目で「外人」とわかる私たちのお御輿を見物する町の人々の声が聞こえる。「あれはどこの国から来たんだっちゃ?」「トンガとかミクロネシアだよ、ほらあれ、去年も来たでしょ!」
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| | ▲鼓童のみなさんと |
羽茂町の隣町、小木町をベースとしている世界に名高い日本太鼓の「鼓童」とのジョイントセッションもこれで3回目だ。鼓童の方たちも「また来ましたね。」と太平洋の島から来た留学生達を暖かく迎えてくれる。音楽はアイランダーにとって生活の一部である。東京のストレスを抱えていたアイランダー達が太鼓の響きとともに、途端に解放されていく様子がありありとわかる。私も安場さんも音楽関係者で「これも役得!」といっしょに楽しんだ。
3年前、「島を語る会」事業を発展させるために初めて佐渡島を訪れ、羽茂町の藤井さんと葛西さんに会った。羽茂町のこと、はもちみらい塾のことなど、お忙しい中お時間をとっていただきいろいろ説明を受けた。その時の佐渡島に対する私の印象は、きっと東アジアやロシアを向いていて太平洋の島々には関心を持ってくれないだろうな、という悲観的なものだった。
竹下総理が作った「ふるさと創成基金」は日本中の町や村にさまざまな成果をもたらしていることだろう。羽茂町がその一部を人材育成にと、はもちみらい塾の創設に利用したことによって何十人もの在日アイランダーが羽茂の、佐渡島の、また日本に対する理解を深めて母国に帰るという成果をもたらしている。はもちみらい塾自体は会員の減少や高齢化などその活動が停滞気味であるとのことだが、少なくとも今回裏方でお世話をして下さった数名の塾生のパワーは地球の3分の1を占める太平洋の島々に確実に広がっていくものである。
この「アイランドネッツ・ミーティイング in the World」が無理なく、地道に継続されることを心より祈っています。また、これからもたくさんの在日アイランダーや島関係の日本人の方々に参加していただきたいと思います。
(SPINF 早川)
事業の詳細は「はもちみらい塾」まで
新潟県佐渡郡羽茂町羽茂本郷550、羽茂町役場企画課内
Tel. 0259-88-3111/Fax 0259-88-2420
羽茂町のWeb Site http://www.sado.co.jp/hamochi/
?今回の事業には笹川島嶼国基金は一切資金援助はしていません。あえて、言わせていただければ人的ネットワークの点で支援させていただいたくらいです。と言うわけで付き添い役の安場さんは自腹を切っての参加。そんな彼女のホットなハートにエールを送るべく、最近製作したCDの宣伝をさせていただきます。
安場&An-chang projectのCD「ヤラヨー 唄の茶飯事」発売!
―――――ハモリを偏愛する安場淳が島唄をハモる―――――
話すように、糸を紡ぐようにして唄われてきた民謡のハモリに長く魅せられてきた安場がCDを作りました。サポートに宇野世志恵とデラックスの服部夏樹。特別付録には南太平洋の島国キリバスの民謡から、総勢20名を超える無手勝流ハモリ唄「さるハモ・ソング」。譜面付き
収録曲:ヤラヨー〜黒島節/喜界湾泊/酒田川/永良部の子守歌/あがろーざ etc. 全11曲
?インデーズ取扱店で注文可能。通信販売の場合は、送料込みで2,500円を郵便為替で、ご住所、お名前、電話番号を書いてお送り下さい。
〒189 東村山市栄町2-24-21-201 安場 淳
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