笹川日中友好基金は、1989年12月、日中両国の永久平和と相互理解の促進を目的に、日本財団(正式名称、財団法人日本船舶振興会)の援助により、SPFに設立された地域基金の一つです。これは、世界の恒久的平和を切望した日本財団初代会長・故笹川良一氏による発案です。
設立は、ちょうど天安門事件直後でした。西側諸国が中国に経済制裁を発動し、日本政府も当初、中国に対する円借款を凍結しました。しかしその後、日本政府は中国が国際的に孤立化するのは望ましくないと判断し、他国に先駆けてその解除に動き出しました。そうした時代背景のなかで生まれた当基金も、中国を支援するひとつの動きとして中国側から絶大な歓迎を受けました。
設立ののち、さっそく、中国国際友好連絡会を中国側パートナーとして、人的交流活動を開始しました。中国各界の著名人やメディア関係者、行政官などを日本に招く一方、日本の大学生や日本語教師を中国に派遣しました。また、中国の経済体制の転換を促進するため、日本の経営管理技術などのノウハウを提供する事業を実施しました。
1992年には、天皇皇后両陛下が訪中されました。これは日中関係の新時代を告げる出来事でした。その翌年の1993年、当基金は基金額を50億円増額し、総額100億となりました。これ以降、日中間を取り結ぶ民間基金として最大規模となりました。
1990年代後半には、来たる新世紀の日中関係を担う人材を育成し、新たな協力関係を構築することを目標に掲げ、人材育成、視察研修、調査研究、会議開催などの事業を盛んに実施しました。
21世紀を迎えたころからは、これまで通り中国の社会発展を支援しつつ、さらに新たな課題として、日中間の安全保障分野での人的交流促進と、歴史認識問題の緩和にも取り組みはじめました。
以上のように、当基金は設立から今日にいたるまで、一貫して日中両国間に存在する諸問題に取り組んでまいりました。刻々と移り変わる時代環境の変化の中で、つねに問題の所在を明確に意識し、その対策を実践することに力を尽くしてまいりました。
「なによりも、人こそが両国間の協力関係を維持促進する要(かなめ)である」。当基金はこの信念のもとに、人材育成と相互理解の促進を図り、さらに、世界の中での日中関係も視野に入れて、社会提言と世界発信を心がけてまいりました。
その事業総額は2007年度までで約24億円、事業数にして約270、参加した人々の数は招へい・派遣・人材育成・セミナー・シンポなどを合わせると延べで日本人5,677人、中国人1万1,727人に及びます。
理解を促し、人を育て、協力を重ね、未来を創る。今後もこの方針のもとに、笹川日中友好基金は未来志向型の事業を実施してまいります。