中国は広大であるが、人口も多く1人当たりでは決して水資源が豊富な訳ではない。 特に、黄河流域の年間降水量は約500mmと少なく、蒸発量が多いため、河川への流出量は年80mm弱に過ぎない。 つまり、中国の政治、経済の中心である、黄河流域は自然条件としても水資源の乏しい地域である。
一方、長江に代表される南の諸河川は、流量が豊富であり、水資源に余裕がある。
このため、中国では、1950年代初頭から南の豊富な水資源を北の黄河流域に導水することが検討されてきた。 その結果として、長江の源流地帯から黄河の上流に導水して、黄河上・中流域に用水を供給する南水北調西線、広大な華北平原と北京、天津等の大都市に用水を供給する中央線、天然の湖と既存の運河(京杭運河)を利用して山東
省、天津市などに供給する東線の3ルートに構想が集約された。
この様な状況を踏まえて、(社)国際建設技術協会はこの巨大プロジェクトの現況と日中協力の可能性を調べるため調査団を派遣した。 調査の結果の概要は次の通りである。 なお、西、中央、東の各ルートは、用水供給地域が異なるなど、互いに代替関係というよりは相互補完的な関係にあり、黄河流域の均衡ある発展のためには、3ルートの全てが必要であるとされている。
西線の調査は中央線、東線より一歩遅れて1958年に調査が開始された。 当初はサルウィン河源流の怒江、メコン河最上流の瀾滄江の流域も調査対象としたが、その後調査地域を長江の源流地帯に絞り1987年に構想がまとめられた。 1996年には予備的調査の成果として、長江最上流の通天河から取水し、雅竜江に注水した後、更に黄河に導く第一水路と、眠江上流の大渡河を堰上げ、黄河に導く第二水路と合わせて年間195億m3の用水を黄河の上、中流域に分水する計画が取りまとめられた。
しかし、この案は標高4,000mを越す地域に100km以上の導水トンネルと300m級の大ダムを建設し、黄河と長江の標高差を克服するために約450mも揚水する必要があり、事業費を議論する以前に多くの技術的課題を解決する必要がある。
一方、現在中国では経済的発展が東部の沿海部を中心に進み、内陸部との格差が拡大しつつあり、格差是正のため西部地域の開発を計画している。 このためには水資源の確保が必須であり、工事範囲を標高3,500m程度以下にする等して事業の実現性を高める検討が現在進行中である。 この場合、第一期工事には、7年の工期と、約500億元(2000年価格、約7,500億円)が必要と見込まれている。 なお、西線全体の完了は、2050年、総事業費約3,000億元(2000年価格、約4兆5千億円)とされている。
中央線は、長江左支川漢江の丹江口ダムから取水し、幅100m、水深8m、延長1,240kmの導水路で沿川の華北平原に給水しつつ、北京、天津両都市に至る計画である。 年間導水量約145億m3であるが、第二期として、長江本流に建設中の三峡ダムから取水することを考えており、これが完成すると、年間導水量は約230億m3に達する。
中央線は、水質が良好な漢江を主たる水源とし、標高を維持しつつ、広大な華北平原の山麓を縫って通るため、受益範囲は人口で約1億人、耕地面積で1億ムー(約6,000km2)に達するといわれ、南水北調事業の中核をなすものである。 中央線の課題は、既設丹江口ダムの嵩上げ(堤高162mを176.6mに)とそれに伴う住民移転(約20万人)、幅100m、延長1,200kmを越す水路の建設及び水路が黄河を横断する箇所の処理である。 わが国でも関心の高い、黄河の横断地点は、河道の変遷を考慮して選ばれており、黄河が平野部に出る直前に位置する。 この地点での川幅は7km程度であるが、過去の洪水の実績から、黄河の流下断面としては、幅3.5km程度が必要とされており、トンネルあるいは水路橋の延長は3kmから7kmの範囲である。
横断形式は従来、泥水加圧式シールド(内径7.5m×2本、注:内径は文献によって異なる)が考えられてきたが、中国の在来技術で可能な水路橋(幅11m、水深5m、スパン50m×2橋)を代替案として検討中である。 この背景には、シールド工法に対する若干の誤解(高コスト、施工可能単区間延長等)と不安及び、できれば自国内技術で完成したいという願望があると思われる。 しかし、水路橋の場合であっても、技術的に解決すべき課題は多いと考えられる。
第一期工事は丹江口ダムの嵩上げを含めて、工期7年、事業費約550億元(1995年価格、約8,300億円)とされている。
東線は、北京と杭州市を結ぶ京杭運河とこの間に位置する天然の湖沼を利用するものであり、事業の即効性を期待できるものである。 水源は流量豊富な長江(年間流出量約9,600億m3=約30,000m3/s)である。 導水路延長は、黄河まで約651km、黄河横断箇所約9km、黄河から天津まで490kmの合計1,150kmであるが、原則として新たな水路の建設は必要ない。 長江から黄河の間は緩やかに地盤が高くなっており、この間で約40m揚水する必要がある(ポンプの揚程で約65m)。 このため、黄河−東平湖間、東平湖−南四湖間、南四湖−駱馬湖間、駱馬湖−洪沢湖間にそれぞれ3段のポンプ場、洪沢湖−長江間に1段、合計13段のポンプ場で揚水する計画である。 この内9ヶ所には既にポンプが設置済みである。
東線は既存の施設を利用しつつ、段階的に事業を展開できる長所があるが、中央線に較べて供給範囲が限定されること、水路通過流域には多くの家内工業が存在しており、汚濁負荷が大きく清澄な水源が確保できないのが欠点である。
なお、第一段階の工事は、政府の許可が下り次第着手可能な状況にあり、施工は2年で完了するといわれている。
既に述べたように、東線は、技術的には中国の技術で実施可能であり、わが国が関与できる余地は殆どない。 中央線については、黄河横断個所のトンネル工事が考えられる。 工法的には水路橋も考えられてはいるが、やはりシールドトンネルが本命であろう。 この場合、河床の一部には礫混じり粗砂の層があると言われており、この処理と、3,500mの区間を一気に掘進するか、中間立坑を設置するか検討を要する。 シールド工法は、機械と地盤改良並びに裏注などの施工管理が一体となった総合技術であり、機械設備を購入すれば、施工できるというものではない。 従って、わが国が関与するとすれば、設計、機械製作、施工指導、施工管理までをひとつのパッケージとして考えることが必要である。 なお、中央線については、株式会社形式の民間からの出資の形態も考えているようであり、黄河横断箇所のみをBOTあるいは特別円借等により日本側が直接施工することが考えられるかもしれない。
西線についても、トンネルの施工が決め手となる。 厳しい現場環境と工期の短縮の面からTBMの採用が有力であるが、西線着手までにはまだまだ紆余曲折が考えられ、事業の進展を慎重に見守る必要があろう。
以上の点を考慮して、調査団は次の事項を提案する。
1) 中国において、シールド及びTBMに関するセミナーを実施すること。
2) 中国側関係者を日本に招聘し、シールド、TBMの現状を紹介すること。
3) 政府開発援助の一環として、短期専門家派遣、開発調査の実施などを行う
こと。
(要約文責大町)
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