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オーシャンニューズレター

第228号(2010.02.05発行)

第228号(2010.02.05 発行)

いま日本の森で何が一番大事か

[KEYWORDS] 不健康人工林/森の健康診断/間伐
東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林愛知演習林 講師◆蔵治光一郎

日本の森の4割を占める人工林は今後もうけが見込めず、管理放棄されつつある。
管理放棄された人工森は災害に弱い森となり、下流域の人々の生活を脅かす。
日本の森の最優先課題は、不健康人工林の間伐である。
従来の「漁民の森」活動は植林中心だったが、今後は、森の人と海の人が連携して「間伐」中心の活動へ踏み出すことが期待されている。

はじめに

漁民による植林などの実践活動を契機として、これまで個別に管理、保全されてきた森、川、海を一体的に捉える思想が広まり、「森里海連環学」という学問分野も提唱されるようになった。しかし森と海との連携という点に限って言えば、日本の森にとって今、何が一番大事なのか、何が最も必要とされているのかについて、海の人たちに必ずしも正確に理解されているとはいえない。そこで本稿では日本の森の抱える諸問題のうち筆者が最も大事だと考えている点について紹介したい。

日本の森林の抱える問題

2008年現在、日本は木材消費の約77%を輸入に頼っている一方で、国土の約7割が森で覆われている。日本の森のうち林業目的で植林された森が約4割を占めており、スギ、ヒノキ、カラマツを中心とした針葉樹が植えられている。
なぜこれほどまでに人工林の割合が多いのだろうか。その理由の一つは、高度経済成長期、木材やパルプチップの需要が急増し値段も上昇したため、植えればもうけが期待されたからである。新聞は「もっと雑木林を伐って、植林せよ」と煽り、国も補助金を出してそれを支援した。しかし高度経済成長期が終わった後、木材の自給率も値段も下がり続け、2008年の立木の実質価格は、最も高かった年を基準として、ヒノキは約7分の1、スギで約15分の1まで下落してしまった(図1)。
日本の森林管理は2つの考え方が前提となっている。一つは、所有者はもうけを求めて林業(木材生産)を自ら行うという考え方、もう一つは、林業さえしていれば、その他の環境サービスはおのずと達成されるという考え方である。森林所有者は将来、立木が高く売れる見込みがない限り、森を管理し続けたいという意欲は失われてしまう。所有者が意欲をなくした森林の管理をする人は他に誰もいない。その結果、管理が放棄され、間伐が遅れ、混みすぎの不健康な人工森が年々増えていくことになった。
日本の人工林のどのくらいが不健康なのか。行政はデータを持っておらず、飛行機や衛星からではわからないため、これを調べるのは容易ではないが、筆者と豊田市矢作川研究所の洲崎燈子さんが共同代表をしている「矢作川森の研究者グループ(矢森研)」が矢作川水系森林ボランティア協議会(矢森協)と協働で5年間、市民とともに実際に森林に入って測定、診断した「森の健康診断」活動※1(全参加者1,270人、対象346地点、図2参照)によれば、流域全体の人工林の6~7割の人工林が、間伐が遅れた不健康人工林と診断された。
森林の管理放棄にはいくつかの段階があり、間伐遅れはその最初の段階である。やがて隣接地との境界がどこかわからなくなり、ついに自分の山がどこなのかわからなくなる。このような問題は相続をきっかけとして発生する場合が多く、最悪の場合、「死んだ人の山、相続人がいっぱい、どうする?」という状態となる。法務局や林務部には登記簿や森林簿、公図や森林計画図があるが、所有する森林の特定に役に立たない場合も多い。公図に代わる地図を作る地籍調査が進行中であるが、平成20年度末、森林での進捗率は面積割合で 41%にとどまっており、地籍調査未着手の市町村数が306(全体の17%)、休止中の市町村数が370(21%)もある。

■図1
■図1 山元立木価格、丸太価格、製材品価格の推移
林業白書参考付表のデータをもとに、1955年を基準として物価上昇を補正した実質価格。山元立木価格は利用材積1立米あたり平均価格、丸太(中丸太、直径14~22センチメートル、長さ3.65~4メートル)価格は各工場における工場着購入価格、製材品(正角10.5センチメートル、長さ3メートル)価格は小売業者への店頭渡し価格。丸太および製材品価格の平成17年度以降は、平成17年度の推定消費量による加重平均値。
■図2
■図2 矢作川森の健康診断の調査・測定地点
(第5回矢作川森の健康診断2009報告書)


不健康人工森で何が起きているのか

不健康人工森の特徴の一つは、木の根が地表に露出していることである。もともと木の根は土の中にあったが、土のほうが削り取られて流されてしまったので地表に露出してしまったのだ。なぜ、こんな状態になったのか、最近の研究で、雨滴による浸食が原因だとわかった。空から降ってくる雨粒よりも、濡れた木の枝葉から落ちる雨粒の方が、直径で4~5倍大きく、衝撃エネルギーは直径の2乗に比例して大きくなる。大きな雨粒は土の粒子を破壊し、土は細かく砕かれ、水が浸み込む隙間を目詰まりさせてしまう。この繰り返しで水の浸み込む力(浸透能)が低下し、水が地表面を流れるようになる。それに対して健康な人工森では、落ち葉や下草があり、雨粒のショックを和らげてくれる。土の粒子が砕かれず、水も浸み込む。
人工林の場合、健康な人工林は面積あたりの木の本数が少なく、中が明るくて、下草が生えている。一方、不健康人工林は逆に、面積当たり木の本数が多すぎ、中は真っ暗で、下草が生えていないのが特徴であり、「緑の砂漠」ともいわれている。不健康人工林は根が土を支える力が弱く、大雨や強風、地震に対して弱い森になっている。ひとたびこういった災害が起これば、森は根こそぎ崩落し、大量の流木と土砂が川に流れ、ダムにたまったり、橋にひっかかって水害の原因になったり、海まで流出して海岸に打ち上げられたりする。このような事態が起きる危険性は年々高まっている。

おわりに

砂漠化防止のための植林を目的として、ボランティアで半乾燥地に出かけていく人がいる一方で、日本の森の「緑の砂漠」化が静かに、着実に進行している。現行の土地所有制度のもとで、それを止める有効な手立ては見つかっていない。日本の人工林の木を一本でも多く間伐することが緊急に必要とされている。
私たちのグループが2006年に調査した結果※2によれば、漁民が行う全国の森林での活動事例178件のうち、植林が165事例(93%)を占めており、間伐はわずか11事例(6%)にとどまっていた。日本の森が今緊急に必要としているのは、植林ではなく、間伐である。せっかくの善意を無駄にしないためにも、森の人たちは海の人たちに実情を正確に説明し、最も優先順位の高い人工林管理放棄問題の解決に連携して取り組んでほしいと願っている。(了)

※1  蔵治光一郎・洲崎燈子・丹羽健司編『森の健康診断 -100円グッズで始める市民と研究者の愉快な森林調査』築地書館、2006年
※2  五名美江・蔵治光一郎:「『漁民の森』活動の実態と評価」、月刊「水」2006年5月号、14-19

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